仕事のデザイン

仕事のデザイン

仕事のデザイン

 仕事のデザインは企業や組織によって異なる。

 

 たとえば北米の自動車工場では、使用している機械が故障してもその故障を修理する責任を従業員は追わず、修理工を呼ぶようにデザインされていたが、日本の自動車産業では、ラインの従業員がたいていの修理ができるように訓練されていた。

 

 また経営コンサルタントのマッキンゼー社では新入社員をコンサルタントに育てるために一つのテーマを与えて訓練するが、競争相手のベイン社では、同時に複数のテーマを与えて訓練させる。

 

 このような仕事のデザインはそれぞれの組織や企業の目的設定によって決まる、、、というよりも、現実にはその組織の大きさや顧客、或いは採用する従業員の資質によって左右されている。

 

 すなわち組織が小さければ、管理者は製造にも販売にも交渉にも責任を持つように仕事がデザインされるが、組織が大きければそれぞれに専任の管理者が就き、自部門のみに責任を持つようにデザインされよう。

 

 また従業員に家庭を持った地元の者が多ければ、仕事は地元になるべく残って仕事をするようなデザインになるし、そうでなければ頻繁に出張したり移動して仕事をするようなデザインになる。

 

責任一元化の原理

 ある仕事を左右する二つの職務があったとしよう。

 

 その二つの職務が同時にこなされなければ、その仕事は失敗に終わる場合、この二つの仕事を分けると責任の所在が曖昧になってしまう。

 

 そうすると業務の達成は一つの部門では左右できないので、モラルハザード問題が起こったり、業務に対するインセンティブが失われたりすることが多い。

 

 たとえば車の販売部門と製造部門が別会社だったとしよう。

 

 ここで車の売れ行きが悪いなら、互いに「車の売れ行きが悪いのは製造部門が悪いからだ」「いや、販売部門がちゃんとセールスをしていないからだ」という責任の押し付け合いが可能になる。

 

 だからそういう場合に企業は補完性のある職務を一つの部門に集中して処理する「責任一元化」で対処することが多い。

 

 車の製造と販売を一つの部門(或いは会社)に任せることによって、製造販売のインセンティブを高めることができる。

 

 これを「責任一元化の原理」と呼ぶ。

 

 業務の部分だけでなく全般を知ることによって、何が重要で何がさほど重要でないかという優先順位を知ることになり、専門化によるそういった弊害(デザイン属性など?)を減らすことができるということである。

 

 職務に補完性があり、一方の職務がもう一方の職務の生産性を高めるような場合には、特にそういう集中が必要なのである。


責任と私的関心事

 仕事をデザインする上での重要な問題は、仕事上の直接の責任と個人的関心事とに従業員が自分の作業時間を割り振る自由裁量を、どの程度まで認めるべきか、、、という問題である。

 

 たいていの場合、責任のある地位にいる者には広範囲の自由裁量が認められているが、地位の低い組立ラインの従業員が業務中に勝手に職場を離れることは許されない。

 

 こうした違いは、従業員の限界生産性によって現れるものと考えられる。

 

というのもライン工の限界生産性は低く、社長の限界生産性は高い(或いは大きな影響がある)からである。

 

 これらは均等報酬原理の変形として理解されている。

 

つまり責任のある地位にいる者は、その地位を失うと大きな損失を被ることになる。

 

 だから、その地位と交換してもよいくらいの私的関心事がある場合にしか、自分の時間をそれを割り振らないと予想される。

 

 一方、ラインで単純作業をしている工員の場合は、そこで働いているより別の仕事をした方が儲かる場合がちょくちょく起こるだろうから、である。

 

 高給をもらっている人間は、それを維持するための時間配分を自分で行うだろうが、そうでない者はそういう自己管理を行わない。

 

 自由裁量とインセンティブはそう言ったわけで「補完関係」にあると考えられている。

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