中央集権的システムとその限界

中央集権的システムとその限界

情報とコーディネーション

 何と何をどう組み合わせてどう効率の良い生産をするかがコーディネーションの問題であった。

 

 しかし効率的なコーディネーションを行うためにはまず、そのための情報を集めねばならない。

 

 いくら有能なプランナーやコーディネーターがいても、効率的なコーディネーションを行うための基礎情報や現在状況の情報が手に入らねばどうしようもない。

 

 だがそう言った情報は大抵現場にある。

 

 製造に関する情報は製造現場にあるし、販売に関する情報は販売の現場にある。

 

 流通の情報は流通の現場にあるし、手続きや法律関係の情報は県庁や首都の役所周辺にある。

 

 もちろん効率的な人材配置だってコーディネーションの一部であるし、そのためにはそれぞれの人材の趣味趣向・能力・方向性などといった情報も集めなければならない。

 

 そう言う風に効率的なコーディネーションを行うために必要な情報は様々な現場にあり分散している上に微妙なモノである。

 

 だから、これらの情報を集めるには実に大きなコストがかかる。

 

 そしてもしそのような情報を集めることができたとしても、それは非常に多岐に渡る膨大な情報になる。

 

 だから、それをどう組み合わせればよいかと言う問題を解くことは不可能に近い。

 

 すなわちそれを行うモノは全ての分野の情報の意味が理解でき、それらがどのような関係になっているかを実感として体得できていなければ適切な判断を下すことができないであろうから、現実には誰一人として効率的なコーディネーションを行うための必要十分な知識を持ち得ない。

 

 だから効率的なコーディネーションを行うための方策として、二つの方法が考え出された。

 

 それが中央集権的システムと、地方分権的システムである。

 

 中央集権的システムというのは、組織の中央に全ての情報と全ての分野の専門家をを集め、そこで全ての判断を行うというやり方を主体とした方法である。

 

 そして地方分権的なシステムとは、組織を現場中心にいくつかの部門に分け、末端に近いセクションでそれぞれ様々な判断や決済を行い、その結果や業績を中央が評価するというやり方を主体とする方法である。

 

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中央集権的なシステムとその限界

 共産主義国の経済体制やたいていの共産党組織は中央集権的なシステムで動いており、地方の情報は全て中央に送り、そして中央はそれに対して専門家を用意し、適切な指令を送り返す。

 

 中央に最高レベルの専門家を集めて全組織の決済を行えば、最も効率の良い妥当な運営が可能になる。

 

なにしろ組織全体の決済を全てスーパー・エキスパートが行うわけであるから「間違うはずがない」「最善の結果が得られるはずだ」というのがこのシステムの考え方である(←無謬性)。

 

 だが実際にはこのような共産主義国の経済は上手く行かなかった。

 

 というのもこのようなシステムは判断を行う専門家を現場から遠い距離の場所に引き離すことになる。

 

 だから、タイム・ラグの発生を避けることはできないし、頻繁にスタッフを入れ替えねば時代遅れの判断ばかりする事になる。

 

 限定合理性から現場で起こっていることを完全に中央に伝達することは難しいし、それを現場から離れて十年も二十年も立つロートルが判断しようと言うのだから、末端で問題が発生してもすぐにはそれに対応しきれない。

 

 またこのシステムでは組織がある一定の規模以上になると、伝達される情報量や伝達回数が乗数的に増える。

 

 だから、いくら有能なスタッフを集めたとしても、中央で決済しなければならない案件の量はとんでもない数量になり、そのためにどんどんタイム・ラグ(時間的なズレ)が生じ、必要な決済が必要な時刻を過ぎても行われず、とんでもない間違いや浪費や大停滞を引き起こす。

 

 さらに中央にいちいち状況報告してその支持を仰ぐというシステムでは、地方や現場に「重要な案件に関しては何も考えないこと」を要求することになるし、中央にアピールできないような目に見えない努力はしても報われないことになる。

 

 だから、長期的に見れば現場スタッフの能力水準や努力水準を大きく下げることになる。

 

 考える必要がなければ考える能力は低下するし、アピールできなければ努力をしても報われないなら、努力をするインセンティブは失われる。

 

 これでは次の時代に組織を担う有能なスタッフは育たない。

 

 現場を経験していない中央スタッフでは、机上の空論をこね回して組織を混乱させるばかりになる。

 

 だから中央集権的なシステムのこのような欠点を避けるため、状況を判断し、決断したり決済したりする権限をなるべく現場近くのセクションに下ろし、中央はその結果や業績に対して評価しインセンティブを与えるだけの役割を担おうというのがつまり「分権的システム」の考え方であり、組織のコーディネーションなのである。

 

(つづく)

 

今日のまとめ

 

 

 

 中央集権的なシステムは、組織が大きくなればなるほど判断や決済を行うセクションが現場から離れ、しかも伝達される情報量は膨大なモノとなる。

 

 中央と現場との距離が離れると現状認識や判断を誤らせることになるし、中央が殆ど全ての判断や決済を行うとなると現場の判断能力を削ぐことになる。

 

 だから、全体の効率性も下げるし将来のエキスパートも養成できない。

 

 その欠点を克服するために、できうる限りの権限を現場に近いセクションに分権的に付与し、中央は各セクションの業績をしたりインセンティブを与えるだけにしようと言うのが分権的システムである。

 

 つまりモノにはたいてい、適当な大きさがあるのである。

 

みなさまからのおたより紹介

 

 久々におたよりを頂戴しましたので、ここで紹介させていただきます。

 

みちもとさん、こんにちは。

 

以前に一度だけミクロ経済の教科書に関するアンケートの時にメールを差し上げたKです。

 

市場均衡のグラフが理解し難いという話で、「生産量Qは、価格Pの関数として捉えることができる」にもかかわらず、縦軸がPで横軸がQのグラフが教科書に載っているのは、たまたまこのグラフを一番最初に書いた経済学者が(誰かは忘れてしまったのですが)縦軸がPで横軸がQというグラフを書いたからだ、という話を聞いたことがあります。

 

すみません、言いたかったのはそれだけです。

 

先日、bn.comで『組織の経済学』の英語版を買いました。

 

amazon.comではほぼ定価の130ドルくらいで売っていたのに、bn.comでは割引で98.75ドルでした(それでも高いですけど)。

 

これから読むつもりですので、何かネタがありましたら、またお便りします。

 

では失礼します。
(^_^;) そうなんですか、、、 まあでも価格が供給量の関数であるか、逆に供給量が価格の関数であるかという二つの選択肢があった場合、物質的限界のある財の供給量をX軸にとって、価格をその結果と見た方がいいのかも。

 

 もちろん逆関数も関数ですから、どちらでもグラフの描きようはありますが。

 

 しかしこの大著を英語で読まれるとは、、、 以前に授業で読破するのに四年かかったというメールを頂きましたが、大変ですね。

 

 Wing Chung Kung-Fu の本なら英語版でも、写真を見ながら必要なところだけ英文を読めばよいのですぐ読めるんですが(^^;) 話はちょっと変わるけど、そう言えばこの頃アマゾン・コムになぜだかつながらないなあ、、どういうわけだろ。

 

毎月のように本を注文してたというのに、、

 

突然失礼します。

 

いつも楽しみにしている23歳大学2年生です。

 

卒論まであと10日って書いてましたけど卒業後もこのメールマガジンを配信しつづける予定ですか?私は一応「読むのでR」をすべてプリントアウトし、『組織の経済学』を読みながら、参考にしているのですが、マレニヨムのほうも理解するのに重要なので続けて欲しいのですが。

 

卒論がんばってください。

 

しつれいします。

 

HN:あお

 

(^_^;) マレニヨムは一応復習版ですので、たぶん最後までやれると思っています。

 

それから余裕ができたらマンキューのマクロ経済学を読む予定をしていますが、こちらの方はいつ始められるかはまだ未定です(まだ本も手に入れていない。

 

古本で手にはいらんかな)。

 

 ミクロ経済学もできたら挑戦したいんですが、こちらは微積を使った中級に挑戦しようと思っているので、二年くらい後を目処にしています。

 

週休二日の座業に就職できたら、多分行けるでしょう。

 

 ただミクロに関しては別にいいメルマガがあるようなので、そちらの方をご覧になって下さい。

 

 何度も申し上げますが、ボクのメルマガはかなりいい加減だし、私見も入っていますので、専門の方や経済の試験を受ける方は鵜呑みにせずに定義などを確かめておいて下さい。

 

 特に分野によっては専門用語の使い方がまるで違っていたりしますので、お気をつけ下さい。みなさまおたよりありがとうございました!

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