インフルエンス・コストと合併

インフルエンス・コストと合併

インフルエンス・コストと合併

先週の復習
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 なぜ組織が合併すると1+1=2以上にならないのであろうか?
 なぜ全ての生産を一つの企業で賄うようなことができないのであ
ろうか?

 

 理屈から言えば各部門を独立させた状態で運営し、要所要所で中
央政府や本社が適切な指示を出し「選択的介入」を行うことで、少
なくとも1+1=2の業績が上がるはずである。しかし現実にはそ
んなにお気楽には運ばない。たいていは2未満になってしまう。
 一体なぜ?

 

 企業を統合すると、そこに既存利益を守ろうとしたり、経営執行
責任者などの決定権限を持つ者に対して、自らの部門により大きな
予算を配分させようという「インフルエンス活動」が生じ、そのた
め膨大な「インフルエンス・コスト」が生じるのだ、、、、という
のがその一つの答えである。

 

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■介入に対するインフルエンス
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「選択的介入政策」、、、つまり普段は各部門に独自行動を許して
おいて、必要に応じて必要な指示や介入を行うというやり方の基本
的な難点は、
「決定を下すための情報収集をして適切な介入をする有能な意志決
定者が必要となること」
である。

 

 言ってみれば各部門や各組織の外にいて、その部門の内部の情報
や行動を監視し、必要であれば即座に介入を行うという人員を配置
しなければこのような政策は不可能である。

 

 かつて共産主義国があらゆる経済主体を国有化し、それを監視す
るために全ての経済主体に共産党書記などを貼り付けたのは、共産
党の無謬性(決して過ちを犯さないと言うことに決めること)を前
提として「有能な(?)」共産党員に「選択的介入」をさせるため
であった。

 

 しかしもちろんそれはタダではない。人件費もかかるし、情報収
集のためのコストもかかる。
 以前にも論じたとおり、下位の意志決定者から情報を集めるのに
も時間がかかる。

 

 だがしかしそれよりもっと重要なのは、各部門や各組織内部で介
入に対する激しい抵抗活動が生じることである。

 

 各部門には上層部の介入に対し、たとえそれが全体として適切な
介入であっても、自らや自らの部門の利益に合わないような介入は
「不当なモノである」として撤回させ、全体にとって良くなくとも
自らにとって有利な介入を行わせようという運動(すなわちインフ
ルエンス活動)がそこに発生するのである。

 

 そういったインフルエンス活動のために、企業や組織は様々な浪
費をすることになる。

 

 時代や状況に適応するために配置転換を行うにも、経営者は労働
者に何週間も何ヶ月もかけて説得を行わなければならないし、撤退
部門ともなると事業部長や部長などと言った経営幹部とも対決せね
ばならない。

 

 企業統合や合併ともなると、最低でも総務部や経理部門などの間
接部門は重複しそのどちらかは不用になるわけだから、どちらを残
すか誰を残すかということが大問題になる。

 

 そしてその際生じたインフルエンス活動によって、もし判断を誤
った不適切な介入を受け入れてしまうと、さらに大きな損失を生む
ことになる。

 

 何せ不適切な介入というのは、ただでさえ経営資源のロスを減ら
すのに逆行しているというのに、さらにロスを増大させてしまうの
だから、とんでもないインフルエンス・コストが生じてしまうので
ある。

 

 たとえばかつてJRが「国鉄」と呼ばれていた頃、国鉄は毎年毎
年一兆円もの赤字を垂れ流していた。

 

 そこで日本政府はことあるごとに何度も国鉄の大赤字路線を廃止
しようとしたり、国鉄を分割民営化して何とか赤字が出ないように
しようと画策したが、その都度国鉄労働者を支持母体とする野党や
廃線の可能性の高い地域選出の議員たちの大反対によって、その都
度抜本的な手を打つことができず、結局ダラダラと長い間放置しつ
づけることになってしまった。

 

 そうして十数年も国鉄の経営をそのまま放置した結果、ついには
累積赤字が17兆円にも膨れ上がり、分割民営化して十数年も経つと
いうのに未だにまるで借金が減らない状態なのである。

 

 この国鉄のとんでもない負債は、採算を度外視した非経済的な経
営によってできた負債と言うより、日本中で十数年に渡って繰り広
げられた様々なインフルエンス活動によって生じた負債、すなわち
インフルエンス・コストであろう。

 

 インフルエンス・コストの大きさは中央本部の存在の大きさや、
意志決定手続き、組織メンバーの利害共有度、コンフリクトの度合
いなどに左右される。

 

 

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■インフルエンス・コストと合併の失敗
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 かつて別々であった二つ以上の組織を一つの組織の下においてコ
ントロールする場合、インフルエンスの範囲は広がり、各部門はそ
れぞれ利己的な主張をし始める。

 

 たとえば各部門は「自分たちの部門こそ将来性があり、有益な部
門である」と主張し、予算や人員の配置を増やすよう経営陣にイン
フルエンス活動を行うだろう。

 

 他部門があげた業績や収益も自部門へと導き、自部門に取り込も
うとするだろう。

 

 そして市場で安く手に入るような部品や財であっても、自部門の
生産したより高い商品を購入すべきだとし、間接費や企業のコア・
コンピテンス構築に役立つとか、従業員の公平性や志気や生産力に
影響するといってそれを頑固に主張するだろう。

 

 もしかすると高度な専門知識を要する部門の従業員と同様な高額
の賃金を、普通一般の部門の従業員にも支払えという要求さえ出さ
れるかもしれない。

 

 こういうことは合併しなければ、なかなか起こらないことである。

 

 合併によってできあがった組織は、確かに以前には不可能だった
ことが可能になるが、その一方で各部門が独立していた頃には不必
要だった様々なインフルエンス・コストを負担せねばならなくなる。

 

 アメリカ大企業33社の多角化を研究したマイケル・ポーターに
よると、買収された新事業部門の6割が後日分離され、そして買収
を行った6割の企業が結局買収した企業・組織の半分以上を後日譲
渡していることがわかった(と『組織の経済学』に載っている)。

 

 独自の歴史を持ち、独自の企業文化を持つ複数の企業を統合する
には、そうしてとんでもないコストを負担せねばならないのである。

 

 巨大化すれば何とかなるだろうと合併してドンドン巨大化する昨
今の銀行や保険会社は、果たしてこのコストを最少に抑えて経営を
健全化することができるのだろうか?

 

NEXT:モラルハザード対策としてのインセンティブ契約

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