金融引き締めと逆選択

金融引き締めと逆選択

金融引き締めと逆選択

市場金利と借り手の質の問題
----------
たとえば銀行のモデルを考える。

 

世の中に二種類の借り手、すなわちAタイプとBタイプの借り手
がいるとしよう。そして銀行はそのタイプを見分けられないものと
しよう。

 

このモデルでの両タイプの特徴は

 

・Aタイプの借り手:
    100万$を借り入れて、確実に110万$を回収する。
・Bタイプの借り手:
    100万$を借り入れて、二分の一の確率で90万$かまたは
    130万$を回収する。

 

とする。

 

 さてこの時Aタイプの借り手の回収期待値はもちろん110万ドルで
ある。

 

 そしてBタイプの期待値は、
 90万$*0.5+130万$*0.5=110万$
であるから、両タイプの回収期待金額値は、ともに110万$になる。

 

 そして両タイプの担保(手持ち資産)は90万$で、それ以上は持
っていず、そしてAタイプの借り手の方がが多いと仮定する(そん
なにいい儲け話ばかり無いしね)。

 

で、ここで「逆選択」がおこらず、競争によって貸出金利が5%
になったとすると、Aタイプの借り手もBタイプの借り手も融資を
希望するから、銀行は両方のタイプに資金を融資し、利益を上げる
ことができる。

 

ところが金融が逼迫し、銀行の資金コストが上昇して金利を10
%に引き上げたとしよう。

 

そうすると、健全なAタイプの借り手は積極的には融資を希望し
なくなる!

 

 金を借りても儲けが出ないのだから、積極的に借りるインセンテ
ィブはそこには存在しない(当たり前だ)。

 

しかしもう一方のBタイプの借り手にとっては、

 

・事業が成功 →→ 130万$回収 →→ 20万$の利益
・事業が失敗 →→ 銀行に90万$支払うだけ →→ 差し引き0
(損益10万$は銀行が被る)

 

ということだから、融資を希望するインセンティブが充分存在する。
つまりここで「逆選択」の問題が起こってしまうのである。

 

そうすると銀行の収益は5%の場合と比べて一気に悪化する。

 

理由は「借り手の質が悪化するから」である。

 

 銀行だって商売である。

 

 金を返してもらえない可能性の高い客ばかり相手にしていれば、
当然収支は悪化するし、経営もかなり不安定なもの(すなわちハイ
リスク=ハイリターン)になる。

 

 ところが市場金利の水準が堅実な商売の利回りより高くなってし
まうと、こういう風な投機的なバクチ的な借り手にばかり金を貸さ
ねばならなくなってしまう。

 

 これは「保険支払金を高く設定すると、加入するのは事故を起こ
す確率の高い借り手ばかりになる」というパターンと似ているが、
保険支払金が保険会社によって決められ得るものであるのとは異な
り、市場金利の水準は一銀行には決められない点が違う。

 

 

----------
■逆選択とバブル経済
----------

 

 さてここで少し重要な話だが、
------------------------------------------------------------
「逆選択」がある状態になると、市場で取引される財の数量や参加
者は一気に少なくなる
------------------------------------------------------------
のである!

 

 今回のモデルでも、市場金利の水準が堅実な商売の利回りより高
くなれば、たくさんいる堅実な借り手であるAタイプの借り手は一
気に金を借りなく(借りることができなく)なり、金を借りてくれ
るのはBタイプの借り手しかいなくなるから、銀行の融資総額は一
気に減ることになる。

 

 だが融資総額が減れば当然銀行の手にする儲けの期待総額(期待
利益)も減るから、銀行の経営状態は悪化してしまう。

 

 経営が成り立たなければ経営者は責任を問われるから、何とか融
資総額が減るのを防がねばならないが、堅実な借り手であるAは、
「市場金利水準より低い利率でしか金を借りてくれない」。

 

 仕方がないから、替わりにバクチ打ちの多いBタイプの借り手に
その分の金を貸し付けて、貸しだし総額の水準を維持するという方
策をとったりする。

 

 もちろん別の方法(Aタイプの借り手に対する信用割り当て:最
後に説明)もあったのだが、しかしそうして金を借りてくれるBタ
イプの借り手にどんどん金を貸していったのが、「バブル時代」の
日本の銀行の行動であった。

 

 そして当時の銀行は、さらに火に油を注ぐようなことをやりだし
た。

 

 すなわち100万円の価値のある担保(土地)をとって、それを120
万円の価値があるものと評価して100万円貸し出す、、、というよう
な、とんでもないことをやりだしたのである。

 

 借り手はその100万円を使ってまた100万円の土地を買い、それを
担保にまた100万円を借りる、、、、

 

 そしてその100万円をまた土地に投資し、それを担保にまた100万
円を借り、、、、それをまた土地に投資し、、、

 

 つまり最初に担保に差し出す土地があり、それを土地に投資する
と言うのであれば、銀行は無限大の金を貸し出していったわけであ
る。

 

 当時のS銀行の頭取など「金を貸し出さねば馬鹿だ」と公言し、
そうして各支店の支店長に命じてどんどん金を貸し出させたくらい
であった。

 

 重大な逆選択が生じているというのに、さらに金を貸し込むなん
て、、、、、

 

 そういうわけで日本の銀行は、どんどんとんでもない状態になっ
ていったわけである。

 

 

----------
■BIS規制と銀行
----------
 当時の日本の銀行は言ってみれば
「金を勝手に無尽蔵に作って貸し出していた」
わけである。

 

 そしてさらにその金を使って日本国内のみならず世界中で土地を
買いまくっていたわけだから、国際社会に与える影響は大きかった。

 

 とんでもない逆選択が生じていて銀行の経営が不安定化していっ
ているというのに、日本の銀行は際限なく「金を作り」そして世界
の土地価格をどんどん引き上げたが、しかしそんな勝手なことをさ
れたら他の国はたまったもんじゃない。

 

 仕方がないので国際銀行業界はBIS規定という規定を作り、貸
し出せる金の上限を守らない銀行とは国際的に取り引きしないと言
うことにした。
(※因みに自己資本比率が低下すると、経営者は目先の利益ばかり
追うようになる、という話は、テキストの後半以降に登場します。)

 

 それがつまり自己資本比率8%(国際基準。国内基準は4%)と
かいう規定で、お陰でバブルが崩壊したあと何年も経ってから、銀
行は軒並み自己資本不足に陥ってこれに引っかかるようになりだし
た。

 

 自己資本比率8%を達成しなければ、国際的な金融取引を行う資
格を失う。
 貿易立国である日本でこの資格を失うと、銀行にとっては大打撃
である。

 

 だから銀行は回収できる資金は徹底的に回収し、新たな融資を行
わないことにして自己資本比率を高めようとした。

 

 すなわちこれが中小企業に対する「貸し渋り」問題の大規模な発
生を引き起こし、優良な中小企業がたくさん倒産する羽目になった
原因である。

 

 仕方がないから政府は「公的資金」というやつを銀行に注入し、
銀行の自己資本比率を高めることにした。

 

 つまり自己資本比率8%(或いは4%)を達成する水準まで条件
付きの銀行の株式(特殊な転換社債のようなモノらしい)を政府が
何十兆円も買い「ゲタを履かせた」わけである。

 

 政府はそうして各銀行の発行株式のかなりの部分を資本注入で押
さえ、期限内にその金を返さねば経営者は全部クビ、、、というこ
とにした。

 

----------
※バブル崩壊直後でなく数年経ってから、、、というのは、自己資
本として銀行の持ち株を計上していたからである。
 というのも元々自己資本とは、株式発行などで集める資金のこと
であるのだが、日本の銀行の場合それではとうてい8%の基準をク
リアできないから、BIS規制を決めるときに自己資本として銀行
の持っている株式を計上してもいいことにしてもらって何とか体裁
を繕っていたのだが、その株の価値もバブル崩壊後にじわじわと下
がって、結局
「やっぱり8%は達成できません」
ということになったのだ。
----------

 

----------
■「逆選択」vs「信用割り当て」
---------- 
金融が引き締められると銀行は金利を引き上げるよりも、むしろ
「貸付先の質を改善する方が、有利な場合が多い」。

 

つまり金融の引き締めに対して安易に金利を引き上げると、優良
で健全な借り手が別の銀行にどんどん逃げていってしまうからであ
る。

 

だから銀行はそういう場合優良な借り手を選別し、これに低金利
で融資を行う。これを「信用割り当て」という。
融資額を減らさない様に危険なBタイプの借り手にどんどん融資
をすると、支払不能に陥りいずれ銀行が潰れることになる。アメリ
カでは1980年代にそういうことが起こり、S&L(貯蓄貸し付け組
合)に対して何億$もの税金を注入することとなった(→この話も
モラル・ハザードのところで登場します)。

 

人件費が高くなったときに、経営者が賃金カットより解雇を選ぶ
理由の説明にも、同種の説明ができる。

 

つまり有能な労働者は外部での雇用機会に恵まれているので、賃
金カットを行うとそういう有能な労働者が他者に引き抜かれてしま
う危険が増大するからである。

 

 

NEXT:情報の非対称とシグナリング

スポンサードリンク

このエントリーをはてなブックマークに追加