組織内のモラル・ハザード

組織内のモラル・ハザード

組織内のモラル・ハザード

 

 モラル・ハザード問題が最初にハッキリ認識されたのは、保険業
界においてであった。

 

 しかしこの「モラル・ハザード」という用語が、保険業界以外で
広く用いられるようになったという事は、この問題が人間社会に広
く普遍的な問題であることを意味している。

 

 それはおそらく広い意味での「保険」が世の中には広く存在する
からであり、それが「公共財」や「非排他財」などといった財の性
質と相まってより問題をややこしくしていると考えられる。

 

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公共財:
 たとえば公園や図書館や市役所といった公共で利用するための施
 設・財のこと。会社の施設は会社員にとって公共財と同様になる。

 

非排他財:
 コストを支払った者以外の者の利用を制限できない財。たとえば
 風景とか。コンサート会場のすぐ外でそのコンサートを傍聴する
 なんていう感じ。

 

 これらの財は、生産してもそれに支払われる対価が小さくなって
しまうので、常に供給過少になるおそれを持っている。
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■モラルハザードと従業員の怠慢
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 雇用関係の問題で、企業や組織が従業員にインセンティブを与え
たり、出来高払いなどの業績に基づく契約を結ぶのは、モラルハザ
ード問題が重要であるからであろう。

 

 色々な業績指標を従業員の報酬に結びつけ、従業員の努力・創造
力・注意力・勤勉さ・忠誠心などの向上に動機を与える。

 

 出来高払い制・ボーナス契約・生産性向上に対する報奨金などは、
雇用主の明確な意志を表明するものであるし、また直接的な金銭的
インセンティブを与えるのである。

 

 従業員が雇用主の期待するように働いているかどうかをモニター
するのは非常に難しい。
 だからこそ観察可能な「結果」に対して報酬を与えることで、従
業員を動機づけるのである。

 

 

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■管理職の不正行為
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 株式会社の重役は、会社所有者である株主の利益を図ること
になっていて、経営者がこの任務を遂行しているかどうかを取締役
会が監視することになっている。

 

 取締役会は株主によって選出され、経営者及び取締役会は株主の
エージェントであると考えられている。

 

 だがしかし、アドルフ・バーリとガードナー・ミーンズ(一般に
バーリ=ミーンズと呼ぶ)によると、

 

「多数の小投資家によって株式が分散保有されていると、所有と経
営の分離が実質的に創り出される」

 

と言う。

 

 株式が分散化すると、株主は危険分散のために様々な企業に投資
する。

 

 1つの会社が倒産しても、致命的な損害を出さないように「保険」
をかける。

 

 その結果、個々の株主が経営者を監視したり、役員や取締役会が
所有者の利益を図って企業を運営するようなインセンティブが失わ
れてしまう(→つまり「保険」によって株主がルーズになる)。

 

 基本的な問題は、経営者が怠慢で懸命に仕事をしなかったわけで
はない。企業の経営者は激務をこなしている。

 

 だが企業経営者は企業収益を株主に還元するよりも、価値の低い
プロジェクトに投資して自らの「帝国」の拡張に精を出す。

 

 経営陣を刷新すべきであるような状況でも、経営者はそれを拒み
業績の悪い事業に固執しようとする。

 

 自分たちが選んだ取締役会と共謀して、途方もない報酬と贅沢三
昧の役得を手にしている。

 

 自分たちの地位を脅かすような乗っ取りには激しく抵抗する。

 

 これらの不正行為は経営者自身の利益や従業員の利益にはなって
も、企業所有者(株主)の利益にはならないから、モラル・ハザー
ド問題であると考えられよう。

 

 

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■敵対的買収
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 敵対的買収とは

 

「現行の経営者や取締役会に対する不満から、法人の所有権を変更
すること」

 

である。

 

 買収の方法は、現行の株主から大量の株式を取得し、取締役会の
選挙を自由に操作することで行われる。

 

 業績が低迷している、あるいはもっと良い業績が残せるはずであ
ると考えられる企業が、それよりずっと低いパフォーマンスしか示
していない場合、それは経営者や取締役会が「無能である」と考え
られるが、そういう企業が存在した場合、投資家はその企業の株式
を買い集め、敵対的買収によって経営者や取締役会の入れ替えを図
る。というのが敵対的買収である。

 

 ある企業がそういう買収対象になるとその企業の株価が急騰する
ことが多いが、それは買収によって企業の業績が向上するという期
待感の現れであるかも知れない。

 

 買収プレミアムはもちろん経営者の無能を証明する決定的な証拠
ではないが、しかしその反映である可能性が高い。

 

 というのも敵対的買収のターゲットとされた企業が、ポイズン・
ピル条項という「乗っ取り防止のための自己株式取得策」を、株主
の賛同ナシに発動することが多かったからである。

 

 これらの経営者の行動も、一種のモラル・ハザード問題であると
考えられる。

 

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■金融契約上のモラルハザード
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 多くの企業が負債と自己資本(エクイティ)を組み合わせて資本
を調達している。

 

 自己資本の保有者は、債務返済後に残る利潤を全て手にする。

 

 株式会社の場合には、自己資本は株主に属している。そして企業
の運営方針を設定し経営者を雇用するに当たっては、自身の利益を
代表されるように、株主は取締役会を選出する。

 

 パートナーシップもしくは個人企業の場合には、パートナー
(共同出資者)もしくは所有者が自己資本に対する請求者となる。
 深刻なモラルハザードがなければ、企業運営は自己資本所有者の
利益に即したモノとなるが、しかしそれは企業の債権者の利益とは
必ずしも一致しない。

 

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※企業の自己資本を持つ者の利害と、企業に金を貸している者の利
害の話ですね。
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企業に金を貸している者は企業が危険な投資をすることには消極
的であるが、一方金を借りている方は大胆にそれをする。

 

 その理由は
・金を借りている方は上手くいけば巨利を得られるが、失敗しても
 借金を踏み倒すだけでよい(あとあとの信用問題は残るが)。
・逆に金を貸している方は事業が上手くいっても決まった金利しか
 手にできない上に、事業が上手くいかねば元金も回収できないこ
 とがある。
からである。

 

 S&Lの例で指摘したように、企業が株価最大化を目指して行動
するときモラルハザード問題が発生する恐れがある。つまり株価を
吊り上げ資金調達を容易にし、さらにそれを株に投資したりするよ
うな危険な「バブル投機」を選択しようとする。
 だから金の貸し手はそれをなんとか防ごうとする。

 

 その方策としては、
・信用調査をする。
・担保を要求する。
・業績を監視する。
・債務の部分的返済を要求する。
・債務の即刻返済が可能な契約を結ぶ。
・貸し手側が企業に取締役を送る。
などがある。 

 

 

 これらの措置があるにもかかわらずローンが返済不能になったり、
支払が滞ったりする場合、貸し手は借り手の企業の破産を申し立て
ることができる。そうしてその企業の資本が流出しないように、す
ることができる。
 破産は貸し手の資産価値を守るための、制度的取り決めであると
いえる。破産は企業経営者のモラルハザードをチェックする機能を
持つ。

 

 アメリカの税法では、企業の負債の利子には税金がかからないが、
企業の配当には税金がかかる。だから企業にとっては借金によるフ
ァイナンスの方が有利になるはずだが、しかし必ずしもそうはなら
ない。

 

 負債が増え自己資本率が低下すると、自己資本の保有者や経営者
はリスクを冒すインセンティブが大きくなる。

 

 だから企業の貸し手はより多くの担保を求めたり、企業に対して
広範囲の財産コントロール権を求めたりする。

 

 このことがつまり経営者のモラルハザードを防止する一つの要因
となるのである。この問題はまた後に取り上げる。

 

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 この辺の話はテキストの後の方に詳しく出ているので、興味のあ
る方は542pあたり(コーポレート・コントロールの章)をお読み下
さい。

 

NEXT:モラル・ハザードとモニタリング

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