貯蓄貸付組合「S&L」危機(2)

貯蓄貸付組合「S&L」危機(2)

貯蓄貸付組合「S&L」危機(2)

借り手に対するモニタリング
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 S&Lに限らず、金を貸す組織は借り手を徹底的に調査する。

 

 借り手の資産状況や、資金の使途。信用調査や、担保、返済方法、
事業計画や定期的な財務報告などを提出させて、借り手の計画が妥
当なもので、予定通り金を返してくれるかをしっかり調査する。

 

 金融機関や組織の金だって、コストを掛けて集めた金だし、機関
や組織の運営にも金がかかる。

 

 だからそうやって調査をし、判断をし、予防策を講じる。

 

 しかし80年代のS&Lはそれをしっかり行わなかった。

 

 と言うのもそういう調査や対策には大きなコストがかかったし、
なによりも「安くて手厚い預金保険」があったからである。

 

 つまりアメリカ国内の500にも及ぶS&Lは、

 

「預金保険があるからそんなことしなくていいや」

 

と、すっかり手を抜いていたのであった。

 

 そういうわけで、政府もS&Lの投資者にうまくリスク負担を負
わせることができなかった。

 

 そうしてモラルハザード問題が発生しだしたのだ。

 

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■競争の激化と逆効果
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 S&L業界に発生したモラルハザード問題は、競争によってどん
どん巨大化した。

 

 投資が失敗しても損をせず、成功すれば大きな利益が得られるな
ら、誰だってお金を投資する。

 

 そうしてその一方で各S&Lは、預金金利を引き上げだした。

 

 資金を民間からどんどん集め、さらにどんどんハイリスクな投資
に投じだしたのだ。

 

 堅実な経営をしているS&Lからは資金が逃げ、危ないS&Lに
資金が移動した。

 

 そうして堅実なS&Lの大半が競争に敗れた後、大きな不動産市
場の暴落が始まった。すなわちバブルの崩壊である。

 

 S&Lの失敗はFSLIC(預金保険機構)が背負うこととなり、そし
てそのFSLICの手に余る負担は、結局納税者が負うこととなった。

 

 

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■S&L事例に登場する三つのモラルハザード・グループ 
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 S&L危機に関しては、三つのモラルハザード・グループが存在
した。

 

 第一のグループはまず、S&Lの所有者であった。

 

 このグループは過度に危険な投資を手がけたり、不正を行った。

 

 第2のグループは預金者で、預金保険の存在のために、S&Lの
監視を怠った。

 

 第3のグループは政治家で、預金者保護の名目でFSLICの補償額を
引き上げる一方、FSLICに支出する保険の準備金を低くした。

 

 そしてS&L危機の初期の段階で、FSLICや納税者を保護しようと
する規制当局の介入を阻止してしまった(もちろんS&Lが政治家
に対して献金をしていた影響もあるが)。

 

 預金保険という「保証」があるということをよいことに、所有者
・預金者がリスクの高い投資先への投資を強烈に押し進め、一方規
制緩和によるFSLICへの拠出金減少が保証準備金の不足を招き、結局
S&Lの失敗はアメリカの納税者が埋め合わせする羽目になった。

 

 

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■公営保険vs民営保険
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 S&Lの破綻はもちろん保険の必要性を否定するものではない。
 だがしかし、公的な無制限の保証は巨大なモラルハザード問題を
引き起こす。

 

 アメリカ合衆国政府による保険は、FSLIC以外にも
・年金給付保証公社PBGC
・連邦農作物保険公社FCIC
・連邦譲渡抵当連合機関GNMA
・学生ローン
などがあるが、そこで考えられるのは、「公営」保険でなく「民営」
保険ではどうかという問題である。

 

 民営保険ではモラルハザードの問題は確かに小さくなるだろう。
 だがしかしそこにはまた別の問題が生じる。

 

 民営保険では確かに破綻しても納税者の負担は軽減される。がし
かし民営である故に、保険加入条件が厳しくなり、社会全体に保険
の便益をもたらすのが難しくなる。

 

 また生命保険などでは、自殺による支払例外期間直後の自殺が増
え、保険金目当てのモラルハザード自殺が発生している。

 

 

 

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         皆様からのおたより

 

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 みちもと様、初めまして。奥長と申します。
 いつもMMの配信をありがとうございます。人間社会の在り方、ネッ
トワーク、組織論という方面に最近関心が深まり、この6月くらいか
らかMMを購読させていただいており、毎回興味深く読ませていただ
いております。

 

 ところで第043回に掲載されていた「S&L問題とモラル・ハザード」
の項を読んでいて、次のようなことを感じました。

 

 この「S&L問題はモラル・ハザードではないのではないか」、
 「少なくともS&Lというエージェントの、預金者というプリン
 シパルに対するモラル・ハザードとは云えないのではないか」

 

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 私は「組織の経済学」を自分で読んだことはなく、また、S&L問題
についてはみちもと様の文章以外に詳しい説明を読んだことはあり
ません。だから、ちょっと考え方が間違っているのかもしれません
が、みちもと様の文章から判断する限り上掲のように思われました。

 

 それはどういうことかというと...

 

1)規制緩和によってS&Lはハイリスク・ハイリターンの投資が可能
になった。

 

2)しかし預金保険の仕組みが変わらなかったことで、現実にはリタ
ーンの期待値ほどにはリスクの期待値は増えなかった。
   ↓
 ならば、みちもと様が書かれている通り、
>  これならばS&Lがハイリスク・ハイリターンの投資に躍起にな
>るのは当たり前
ですね。

 

(で、ここから先が問題なのですが、私としては次のような考え方
になってしまいます)
   ↓
 ということは、S&Lがハイリスク・ハイリターンの投資に集中する
ことは、ハイリターンで収益を拡大する>収益を拡大することで預
金者に対する利息を増やすことが出来る、という理屈でもって『プ
リンシパルの目標に適合しているのではないか』と考えられるので
すが・・・。

 

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 もちろん規制緩和前の預金者は「ハイリスク・ハイリターンの運
用」を期待していたのではなく、「ローリターンでも確実な運用」
を期待していたのだと思います。

 

 しかし、規制緩和によってハイリスク・ハイリターンな投資が可
能になったということはマスメディアを通じて預金者も知ることが
出来たでしょうし、もしかしたらS&Lから「喜ばしいニュース」とし
て通知されていたかもしれません。

 

 少なくとも規制緩和後、危機が発生するまでの間、預金者は利息
が増えた(S&Lはリターンに合わせて利息は増やしたと思います)と
いう形でもって「何かが変わった」ということを知りえたはずです。

 

 そして「ハイリスク・ハイリターンの運用」に変わったというこ
とを知りえた預金者は、それを望まない預金者は解約し、それを受
け入れる預金者は預金を継続する選択が出来たはずです。

 

 結果として、規制緩和後ある程度の期間を経た後も預金を継続し
ている預金者は「ハイリスク・ハイリターンの運用」を期待してい
る、と考えていいのではないでしょうか。

 

 そしてこのS&Lによる「ハイリスク・ハイリターンの運用」は上記
2の理由により、株式や投資信託といったほかの運用手段に較べて
「ローリスク・ハイリターン」だったと云える訳で、従ってS&Lとし
ては『この投資を追及することこそが預金者の目標に適合している』
と判断しても全く無理がないこと/むしろ当然なことだと思います。

 

 すなわち、「エージェントの行動はプリンシパルの目標に合致し
ていた」のではないかということです。

 

 もし自分がこのS&Lの預金者であれば、少なくともS&Lと預金者だ
けの関係を取り出して判断する限り、「例えハイリスク・ハイリタ
ーン投資の結果としてS&Lが倒産することになったとしても、預金保
険(日本の預金保険をイメージしています)でカバーされるのだか
ら預金保険のカバー限度までは積極的に預金する」でしょう。

 

 仮に全てのS&Lが潰れることになったとしても少なくとも元本は保
証される・・・。

 

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 このS&L問題で起きたのは、「S&Lの預金者に対するモラル・ハザ
ード」ではなく「S&Lと預金者の社会(納税者)に対するモラルハザ
ード」だったのではないか、という気がします。

 

 S&Lと預金者の二者だけの関係で考える限り「ハイリスク・ハイリ
ターン投資」を追求することは両者の目的に合致している(二者で
構成される集合の利益が最大化)。しかし、そこに「社会」という
もう一者を含めて考えた場合、この三者で構成される集合の利益は
多分「ハイリスク・ハイリターン投資」では最大化できない・・・。

 

 こういうことだったのではないでしょうか。

 

 ふと気が付いて見直してみたのですが、みちもと様は「S&L問題は
S&Lの預金者に対するモラル・ハザード」だとは一言も云ってません
でした。結局は大きな誤解のままここまで書いてしまったのかもし
れません。スミマセン・・・。

 

今後ともMMの発行を楽しみに待っています!

 

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■(み)
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 モラル・ハザードというのは、取引相手がよく知らないのを良い
ことにしてその利益を自分のモノにしてしまう、、、というパター
ンですから、預金者とS&Lの間にモラル・ハザードがあったかど
うかはちょっと分かりにくい話だと思います。

 

 が、損したのは基本的に納税者やS&L問題がなければちゃんと
お金が回ってきたはずの産業や人々ですから、この問題をモラル・
ハザードとして捉える場合はこれらの人々とS&Lとの間にモラル
・ハザードが生じたと考えるべきなんでしょうね。

 

「組織の経済学」の後の方でも、こういう非営利組織の抱える様々
な問題が取り上げられていますので、色々考えてみて下さい。

 

 

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      おたよりありがとうございました。

 

NEXT:組織内のモラル・ハザード

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