ラチェット効果の影響

ラチェット効果の影響

ラチェット効果の影響

ラチェット効果
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 ラチェットとは、片方向にだけ回る歯車のことであり、あるシー
ズンに高業績を挙げたソ連の企業が、次のシーズンには中央政府か
らより高いノルマを課せられるという現象の観察から作られた「造
語」である。

 

 ソ連の中央政府は高業績を上げた企業にノルマの引き上げ(ラチ
ェット引き上げ)で応じ、もし次のシーズンにそれを達成できなけ
れば「怠慢である」として懲罰の対象にした。

 

 ラチェット効果を充分意識していたソ連の経営者はだから、たと
えインセンティブ支払が約束されていたとしても、生産性改善には
消極的であった。

 

 こういうことは単にフェアでないだけでなく、非生産的である。

 

 現時点での規準を過去の業績に求めることが効率性改善をもたら
すのは、同じ仕事を違った時期に違った人間がやる場合なのである。

 

 インフォーマティブ原理によれば、測定の分散を減らすような情
報は全て用いた方が望ましいから、前の期の業績は通常有益な情報
をもたらす。

 

 これはまた見方を変えてみると異時点における「比較業績評価法」
(つまり「過去の同一人物」と「将来の同一人物」を別人としてみ
る)であるから、外部的な状況の変化の影響が小さければ同一人物
にたいしても用いることができる。

 

 が、業績の向上に伴って規準を「ラチェット引き上げ」すると、
業績向上のインセンティブは失われてしまう。

 

 

 労使双方で基準設定の際に、「過去の業績にはあまり頼らない」
ということを前もってコミットできるなら、このインセンティブ喪
失は回避できるはずである。

 

 よってこれは「不完全なコミットメント」の問題でもある。

 

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■不完全なコミットメント問題
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 たとえば大規模経営農家が臨時に労働者を雇って綿花や果物の刈
り取りをするとき、労働者が途中で賃金引き上げストなどをして大
損をしたとする。

 

 そのようなことが頻繁に起こるようになると、経営者はおちおち
経営などしておれないから、経営者はその事業が引き合わないモノ
として縮小してしまう。

 

 戦前の日本農業も、最初こそ企業が大きな農場を経営して収益を
上げていたが、小作人不足や小作争議によって労賃が大幅に値上が
りしだすと、内地での農場経営に見切りをつけ大陸で事業を始める
ようになった。

 

 収穫時期になったらストをされ、その結果それまでの長年の努力
や投資をフイにされるなら、経営者だって労働者同様たまらない。

 

 そう言う風に何か仕事をするときに大損をする恐れを感じると、
その者は安心して職務にコミットできなくなる。

 

 これがつまり「不完全なコミットメント」という問題である。

 

 このようなことがあると、長期的視点に立ったプロジェクトなど
何もできなくなる。

 

 もちろんこれは労働をする側でも同様である。

 

 ある時期での業績規準調整に際して、その一期前の業績を用いず
にインセンティブを変更しないということに経営者がコミットでき
るならば、それは当事者全員の利益となる。

 

 その逆にラチェット効果が起こるようなことになると、下手に良
い成績を上げてしまったら、さっさと辞めねばならなくなってしま
う。

 

 

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■企業としての一貫性
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 リンカーン・エレクトリック社はインセンティブ契約、特に出来
高払い制を広範に用いていることで有名である。

 

 だがしかしリンカーン・エレクトリック社は、一旦出来高に対す
る単価を設定したなら、設備変更や新たな生産方法の導入が無い限
りそれを変更しないと言う政策を何十年にも渡って堅持してきた。

 

 生産方法が変化した場合には、新規にタイム・アンド・モーショ
ン・スタディによる新基準が設定され、たとえ後になって実際の業
績に比して規準が低すぎたとわかっても、実質的な変更は加えない。

 

 規準が低すぎれば労働者が多大な賃金を手にすることになるが、
労働意欲に対するインセンティブが損なわれることはない。

 

 だがしかしリンカーン・エレクトリック社のような報酬システム
を他の企業が採用しないのにはわけがある。

 

 リンカーン・エレクトリック社は長年に渡ってタイム・アンド・
モーション・スタディによる規準作りを行っているので、適正な規
準を作る十分なスキルがある。

 

 また出来高制も非常に広範に行っているので、特定の部門にだけ
インセンティブを与えるというような偏りも小さい。

 

 そしてまた長年それでやって来たので従業員の経営陣に対する信
頼が厚い。つまりコミットメントがうまくいくのである。

 

 そういう一貫した形で企業文化を培ってきたからこそそれが可能
なのであって、そういう土壌のない他の企業が部分的にそれを採用
するのは難しいのである。

 

 ラチェット効果をコミットメントの問題として捉えると、「自営」
や「所有」が時として役立つことがある。

 

 自営の場合には、企業は顧客に直接財やサービスを販売する。
 またその産業が競争的であれば、市場の作用による比較規準を規
準として設定できるから、過去の高実績によって次期の規準を高く
設定されるということはない。

 

 またジョブ・ローテーション(一定期間ごとに従業員の職務を変
更する制度)も、ラチェット効果緩和に役立つ。

 

 基準設定には過去の他人の業績の平均を採用できるから、本人の
努力によってそれが引き上げられる恐れは小さい。
 もちろん短期間で職務が変わると、職務上の経験蓄積機会が減る
から、仕事の効率性が落ちるという恐れはあるのだけれど。

 

 

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