取引費用とロナルド・コース

取引費用とロナルド・コース

市場で行われる取引・組織内で行われる取引

 企業内で市場価格に似せた移転価格で取引が行われるということは、市場による取引システムが組織内での取引より妥当であるということを意味している。

 

 だとしたら、その取引を何も企業組織内で行わなくても良いはずである。

 

全てとはいわないまでも、大部分の取引が市場で行われる方向に進んでもおかしくはない。

 

 そうなると必然的に企業組織は必要最小限の機能に特化され、小さくなっていくはずである。

 

 だが実際はそうではない。

 

 確かに1980年後半以来部品や一部事業のアウト・ソーシング(外部発注)が広範囲に可能になり、1960年代に多角化し肥大化したコングロマリット大企業が本業に回帰し始めた。

 

 企業の資本や人的資源を収益性の高い専門事業に集中し、業績の良くない本業とは無関連の部門をどんどん売却していった(→第16章参照)。

 

 だが確かにそういう動きがあるものの、企業組織自体はグローバル化によって巨大化している場合も多い。

 

 これは一体どういうことなのか? 取引には「市場で行われる方が有利な取引」と「組織内で行われる方が有利な取引」があって、だからこそそれぞれ市場と組織の中でそういう取引が行われるということなのだろうか。

 

 コースの定理で有名なノーベル賞学者ロナルド・コースはこの問題に着目し、「取引には取引費用なるコストが必要であり、そのために取引費用を節約する方向で組織が編成される」と考えた。

 

 すなわち取引にはそれぞれ、その取引の性格というものがあり、取引のアレンジによって取引コストが増えたり減ったりするが、その中で安上がりな形に組織ができあがっていくというのである。

 

 そして取引費用や交渉費用が小さくなると、取引に関係する問題解決や資源の配分は誰が決めても効率的になる、、、すなわちこれが有名な「コースの定理」である。

 

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コースの定理

 コースの定理の定義は「当事者たちが交渉によって効率的な合意に達し、そして彼らの選好に資産効果がないならば、彼らが同意する価値創出活動yは、当事者の交渉力や初期の資産額には依存しない。

 

効率性だけがどの活動が選択されるかを決定し、他の要因は費用と便益の配分にしか影響を及ぼさない。

 

」というものであるが、これでは何の事だかわからないので、騒音の出る工場と学習塾や予備校が隣り合っている場合を例に挙げて説明する。

 

 工場は生産を行うために騒音を出さねばならない。

 

そして学習塾は学生の勉強のために静かな環境を必要とする。

 

だから工場と学習塾はお互いに相手の経済活動が邪魔である。

 

 この時工場の経営者と学習塾の経営者が話し合いを持ち、工場の操業時間だとか騒音レベルの引き下げなどの取り決めを行ったり、或いは工場や学習塾の移転までを考えたりするわけだ。

 

 しかし、この時双方とも十分なお金を持っているとすれば、どちらに解決責任を課したとしても「効率的」な解決策が実行される、、、と言うのである。

 

 ここでまず解決責任を工場に課すとする。

 

 騒音を出しているのは工場であるから一般的には普通である。

 

 すなわち工場の経営者か交渉担当者が学習塾に出向き、自社の操業を続けるために交渉し、問題を解決させる責任を持つ。

 

 この場合工場側は、自らの事業を続けるために騒音に対する補償金を支払ったり、必要な防音工事をしたり、或いは学習塾の移転費用を負担することになるが、この費用が工場の移転費用に比べて高額であれば別の場所に撤退するし、安ければその費用を支払って操業を続けることになる。

 

 すなわち工場は操業続行費用と移転費用とのうち、どちらか安い方を選択することになるから「効率的」な結果になるのである。

 

 逆に学習塾側に問題を解決させる責任を課す場合はどうか? たとえば以前から工場はその場所で操業していた。

 

ある時その隣の土地が空いて、その場所が学習塾を経営するのに向いている場所であったので塾を開いたとする。

 

 そうするとこの問題を解決したいのは学習塾側であって工場側ではない。

 

何せ後から入ってきたのは塾側である。

 

 だから、騒音や振動があるのは最初から了解しているはずだと判断されるからである。

 

 だがしかしその土地は駅にも近く、塾としての立地条件がよい。

 

だから何とか塾経営を続行したい。

 

 この時学習塾側は工場に立ち退いてもらうか、防音(防振動)設備を整えるか、お金を払って工場の操業時間を縮めてもらうか、或いはその場所から撤退するか、などという選択をする事になる。

 

 そしてその結果、塾はそのうち最も効率的な方法を選択することになるだろう。

 

すなわちその土地で学習塾を開く便益を考え、それよりも問題解決のために支払うコストが低ければ塾経営をつづけ、逆にコストが高ければ経営をあきらめることになる。

 

 つまりどちらに問題解決の責任を課したとしても、効率性の高い(生産性の高い)方が操業を続けることになり、交渉力やどっちが金持ちかという問題とは関係ないのだ、、、、ということである。

 

 コースの定理はもちろん双方に解決するだけの費用負担ができるという仮定がある。

 

 だから、これによって実際の問題が上手く解決できるというわけではない。

 

 だがこれはモノを考えるスタート地点として、重要な意味がある。

 

(つづく)

 

今日のまとめ

 

 取引には市場で行われる取引と、組織内で行われる取引がある。

 

 ロナルド・コースは組織の形態が、これらの取引の費用を最小にする方向で構造が決定されるとした。

 

 すなわち市場取引で調達したほうが安上がりなモノは市場で取り引きし、自組織内で調達した方がよいモノは自組織内で取引を行う。

 

そうした要因によって組織の形が決まって来るというのが、コースの説である。

 

 コースによると資産効果がなく、取引費用や交渉費用が小さい場合に、取引をする当事者の誰を責任者にして交渉を行っても、結果は生産性の高い効率のよい側の方が残ることになる。

 

 これが有名な「コースの定理」である。

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