最後のまとめ

農業は18世紀前後から、前近代的な伝統的農業から近代的な産業的農業に発展した。

 

それはそれまでの伝統的農業の足かせであった「浅耕・少肥・かんがい排水不良」という問題を、様々な新しい動力や機械そして栽培技術(肥料研究・肥育研究)によって解決し、農業の生産量を飛躍的に向上させたことによって達成された。

 

乾燥気候で雨の少ないヨーロッパではそれまで保水が農業の最大問題で、二年続けて作物を栽培するともう地力と保水力が低下し農業生産ができないという有様であった。

 

そのためにかの地では永らく「三圃式」と呼ばれる休閑期を大きくとったローテーション農業が行われ、三年に一度は農地を休ませざるをえなかった。

 

だがクローバーなど空気中の窒素を土中に固定化する「マメ科」の植物を休閑地に植えることによって、土中の保水や地力維持ができることがわかり、またそれを家畜に喰わせることで少肥の問題がいくらか解決された。

 

また蒸気などの動力を使った機械で土地を深く掘り起こすことが可能になったお陰で、それまでなかなか生産ができなかったカブなどの根菜類(中耕作物)を大量に生産し、それを餌に畜舎で今までの何倍もの頭数の家畜を飼って糞も下肥として大量に使うことができるようになった。

 

さらに新大陸からはジャガイモやトウモロコシなどと言った新しくかつ有益な作物が伝えられ、特にジャガイモは荒れ地でも育つ「救荒作物」としてヨーロッパから飢饉を一掃したから、農業はとうとう産業として立派に成り立つようになった。

 


一方温帯モンスーン気候に属し雨の多い日本では、有史以来様々なかんがい技術の開発によって四国の瀬戸内側などの地域を除けば深刻な水不足には直面しなかった。

 

しかし日照時間や水資源に依存する単収の高い米作を中心とし、ライブストック(生きてる備蓄食糧)として家畜を飼わないという世界でも類を見ない無畜農業を展開していた日本農業は、何年かに一度冷害や台風にあうと途端に大凶作・食糧不足となり、餓死者を出すという不安定な生産を続けてきた。

 

明治初期に日本にやってきた農学者のフェスカは日本農業の問題点を簡潔に「浅耕・少肥・排水不良」と表し、ヨーロッパ流の農業生産システムを紹介したが、ライブストックとして家畜を飼う習慣のない日本ではヨーロッパのようなローテーション農業や地力均衡型農業はついぞ定着せず、結局米・米・米、米さえ作ればいいんだ、という米偏重農業のまま農業が続けられた。

 

もちろんその背景には、戦前に成立した経済的に見合う「中農」、つまり一戸当たり2〜3ヘクタールの農地で経営する農家による経済合理性に基づく生産体制が、戦後の占領軍による農地改革によって1ヘクタール未満に分割され、小農となった農家が皆、手っ取り早い換金作物である米に殺到せざるをえなかったという事情がある。

 

また戦争遂行のための食糧確保のために昭和の初めに成立した米穀法によって米価が政治的に決定される仕組みができあがってしまったせいで、農家や農業団体が消費者の動向など全く無視し政治家に対するインフルエンス活動(ロビイング、政治的取引)だけで生活が成り立ってしまった、という事もある。

 

だが農家が有畜農業への転換を拒み、米作り中心の従来農業を継続したお陰で、日本の食糧自給率は世界でも最低レベルの20数%台にまで落ち込むこととなった。

 

日本農業は大正時代から続く日本人の食生活の欧風化・粉食化に応えることができず、結果として自国民の食生活を支えるという農業最大の使命を担えない存在と成り下がってしまった。

 

さてそうして発展してきた農業であったが、食糧の完全自給が達成されるようになると、今度はマイナス面が目立つようになった。

 

伝統的農業の問題であった「浅耕・少肥・かんがい排水不良」の解決が行き過ぎ、「耕しすぎ、肥料の撒きすぎ、排水の垂れ流し」が問題となり始めた。

 

耕しすぎた農地からは大量の土が河川に流れ出し、風で表土が飛び去る率も増え、そして土壌侵食が起こり始めた。

 

流出した土壌は川の底を浅くし、洪水発生率を高めた。

 

化学肥料や農薬の大量散布は河川や湖沼や地下水を汚染し、その水を飲んだ生物や赤ん坊は、硝酸態窒素によって青くなり始めた。

 

大量に飼う家畜から出る糞尿は処理されずに垂れ流され、そして河川の富栄養化を招いて水産資源を破壊し始めた。

 

有害な有機水銀を含んだ農薬は、どことも知れない土中に埋められ、いつ頃周囲に害を及ぼしだすかわからない。

 

食糧生産という錦の御旗を掲げて農業生産を盲目的に増大させた結果、世界は様々な農業由来の時限爆弾を抱えることとなったのである。

 

(農業の話、おわり)

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