農業による環境破壊が、今明らかになった。

1970年代以降、産業によって様々な環境破壊が引き起こされているという事実が、先進国の人々にハッキリ認識された。

 

そして先進国では大気汚染や水質汚濁、振動・騒音・異臭などといった公害に対して様々な規制をしたり防止策が講じられた結果、ようやくその破壊にブレーキをかけることが可能になり始めた。

 

だがしかしそれは主に重化学工業などによる環境破壊(公害)についての話であって、残念ながら農業による環境破壊は永らく見過ごされ続けてきた。

 

農業による環境破壊について人々の認識がなぜ遅れたか、を説明する事はたやすい。

 

一つには全人口に占める農家の比率が数%台になり、農業についての認識が実体験を伴わなくなったこと。

 

そして農業は食糧を生産する産業だから、農業を行わない人間の命を人質に取っていること。

 

つまり農業に対する情報の非対称と、何だかんだ言って政治的なレントが設定されやすい農業という産業の特性が、農業のマイナス面をずっと覆い隠してきたのである。

 


都市に住む人間にとって、農業とはブラックボックスと同じである。

 

農地にどれだけ危険な農薬がばらまかれ、農業によってどれだけ自然が破壊されているかなんて、まるでわからない。

 

地下水が硝酸態窒素(Nox)に汚染され、それを飲んだ幼児の赤血球のヘモグロビンが青くなったり、酪農・畜産の糞尿処理がいい加減で北海道の河川に鮭が登ってこなくなったりして初めて、ようやく農業の環境に与える影響が認識される程度なのである。

 

そして農業を保護するような政策・制度によって、本来金にならないはずの農業生産に「レント(儲け)」が発生する。

 

儲からないとなれば農業にさほどの投資は行われないし、投資が行われなければ化学肥料も農薬も最小限しかまかれないはずなのである。

 

が、そうして様々な国や地方自治体によって農業振興策がとられ制度的にレントが保証されるとなると、農業生産を拡大する方向にどんどんアクセルが踏まれることとなる。

 

そしてこのレントが制度的なモノであるが故に、農業のマイナス面は陰に陽に圧殺され、覆い隠され続けてきたのである。

 

そういうわけだから農業による環境破壊が問題になり始めたのは実は「欧米の国々の穀物自給率が100%を超え、各国が過剰に農産物を抱えるようになってから」なのである。

 

食糧の完全自給が達成されている以上、もはや農業生産に様々な制度的レントを与え生産を振興する必要はない。

 

そして逆に今度は行き過ぎた農業振興がもたらした環境破壊が目に付きだした。

 

そういうわけで欧米では1980年代後半から農業生産に対する補助金を削減して、環境保全のための費用に充てだした。

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