文化を破壊しなければ環境は守れない

増え続ける人口・減り続ける農地。

 

農業や環境の何が大問題なのか?農業・環境問題の深刻さに比べれば、狂牛病問題など比較にもならない。

 

もちろん狂牛病(BSD)は人にも移る病原体だから大変は大変だが、イギリスで始まって全世界に広がった肉骨粉の利用を中止すればおそらく下火になる。

 

もちろん他の原因で発生している可能性だってあるが、ある確率で自然発生するモノであれば仕方がない。

 

そしてこの問題の解決のために必要なのは、肉骨粉などの飼料ルートの監視とそれを利用している農家や農業組織の監視だけである。

 

大多数の国民はそれにノーを言うだけでよい。

 

だが現代の農業・環境問題は、農業に従事する全ての農業従業者のみならず、全ての国民あるいは全世界の人間を巻き込まねば解決できないような大きな問題である。

 

世界中の人々、特にその大多数を占める農民や農業関係者が考えを改め、先祖代々から伝わる伝統や習慣、或いは固有の文化まで放棄させねば解決できないかも知れないような大問題なのである。

 

  • 森林資源の消失、
  • 農地の減少、
  • エロージョンと砂漠化、
  • 土壌と地下水の農薬・肥料汚染、
  • 河川の富栄養化、
  • 人口爆発と流民の発生、
  • 自給率のアンバランスと貿易問題・・・

 



ゴロゴロ山はなぜできた?

森林の保全問題一つ取ってみても、大問題である。

 

毎年毎年四国ほどの面積の森林が伐採されたり焼かれたりして地球上から姿を消しているが、これだって実は農業と文化の問題である。

 

簡単に解決できるような問題ではない。

 

たとえば東南アジアの島嶼国(島国)にはたいてい「焼き畑農法」と言うのがある。

 

焼き畑農法とはある一定の区域の森林を焼き払いその後に作物を植える農法である。

 

焼き畑農法はそこで作物ができなくなってくるとその耕地を放棄する。

 

放棄して別の土地に移動する。

 

でそこでまた森林を焼いて畠を作る。

 

そうやって彼らは少なくとも何百年も生きてきた。

 

だが放棄した土地が森林に戻るには熱帯林でも数十年を要する。

 

間違って地力をことごとく使い果たしてしまうと、もう木は生えなくなってしまう。

 

洪水や大雨でエロージョン(土壌流出)でも起これば、やっぱり木は生えなくなってしまう。

 

土というのはどこまで掘っても土のような気がするが、実は地表から数十センチから一メートルくらいしかない。

 

その下はもうただの砂か岩なのである。

 

だから森林が伐採された後に雨ざらしにしておくと、表土が流出し砂や岩がむき出しになって来て、もう木が生えなくなってしまう。

 

ひどいときには草も生えなくなってしまってゴロゴロ山になってしまう。

 

日本各地に「ゴロゴロ岳」とか「ゴロゴロ山」という岩だけがゴロゴロと転がっているような山があるが、ああいうところは元々表土が薄くて雨以外に養分の補給がないのに木を切ってしまった土地なのだ。

 

京都周辺のゴロゴロ山など、平安時代に木を切って運び出して以来そのままずっとゴロゴロだという。

 

焼き畑農法は木を切り出したりしないし作物は自家消費だから、バランスを崩さない限りは続けていけるモノなのだろうが、森林を保全するためにそれを止めてもらうのは難しい。

 

なぜなら焼き畑農法は彼らにとって先祖代々から伝わる由緒正しい農法だから、止めるわけにも行かない。

 

それらは彼らの暮らしや文化と密接に関係していて、存在の一部なのである。

 

祭りや祭礼などの文化のみならず毎日の生活の根本となっているから、それを止めさせるのは彼らのアイデンティティの否定に他ならない。

 

これは日本でもアジアでもヨーロッパでもアフリカでも同様である。

 

環境を保全しようとすると土着文化を破壊する必要がある

 

逆に文化を守ることを優先すると環境破壊が進む。

 

つまり環境破壊と文化破壊はトレードオフの二択なのである。