塩害 熱帯・亜熱帯農業の宿命
ナイル川の氾濫に数千年も悩まされ続けていたエジプトの人々。
ナイル川にアスワンダムが完成すると、氾濫を気にせず農業生産も増えると思っていた。
ところがちゃんとかんがい設備を整えて農業生産を始めたというのに、何だかだんだん農作物の生育が悪くなっていくのであった。
しかもなんだかワケの分からない病気が流行しだし、激しい豪雨も時折降るようになった。
ナイル川下流で農業生産が減った理由の第一は、「塩害」というものだった。
「塩害」とは読んで字のごとく塩の害である。
土の中にはたくさんの塩類が眠っている。
ナトリウムやカリウムやマグネシウムやカルシウムや。
海が塩辛いのはその塩類が雨水で川を通じて海まで運ばれ、そこで濃縮されているからである。
ナイル川下流の農地には炭酸ナトリウムがたくさん含まれていた。
だから農地に水を撒けば土中の炭酸ナトリウムが水に溶け、ドンドン地表に上がってきた。
また上流にダムが出来たことで、地下水の水位が上がって、それに伴いさらに地下深くから塩類が上がってきた。
そしてその塩類を含んだ水は熱帯や亜熱帯の強い日差しを受けてどんどん高濃度の塩水になり、真っ白な塩田のようになってしまったのだ。
こんな塩水ではもちろん普通の農作物は生育しない。
アンデスの山奥やイスラエルの塩湖ではクロレラやスピルリナといった「藻類」が栽培されているが、せいぜいそういったものしか生産できない。
ナイルの氾濫がもたらしてくれていたもの
塩害とは土中の塩類が表土に出てきて農作物の栽培が出来なくなる害である。
塩類というのは主に炭酸ナトリウムなどを言うが、これが水分の蒸発と共に土の表面に出てくる。
塩分濃度が濃くなると、普通の農作物を作れるのは、せいぜい二三回が限度である。
二三回収穫したらもう農地は塩田になって使い物にならなくなってしまう。
つまり農作物を安定的に栽培するには、植物が生長するために必要な水だけでは全然足りなかったのだ。
植物が生長する何倍モノ量の水資源を用意して、田畑からわき出てくる塩類をドンドン川や海に流さねばならなかったのである。
ナイル川はこの塩害問題を、実は氾濫によって解決していたのであった。
ナイル川は毎年のように氾濫を起こし農地を水浸しにすることによって、土中から浮き出てきた塩類を海まで流し、翌年の農業生産に実は貢献していたのであった。
だから川の上流にダムを建設して農地にかんがい設備を施したら、今度は塩類が十分に流れなくなり、かえって農業生産が落ち込んだのであった。
小麦を作ろうとしているというのに塩ばかりできるのだから当然だ。
こういう熱帯・亜熱帯に位置する国の農業生産には、実は「かんがい」よりも「排水」の方が大事だったのだ。
しかしヨーロッパの先進国の農業研究者にとってそれは、初体験の出来事であった。
というのもヨーロッパでは塩類がドンドン地表に湧き出てきて農作物の生育に影響するほど日差しが強くなかったからである。