収穫逓減(しゅうかくていげん)とは
フロンティア農業というのは、森林を伐採して農地を拡げる農法だ。
作物の出来が悪くなってくると、周囲の森林を伐採してそこで農業をやる。
途上国の場合、先進国と違ってまだまだ農地にできる森林がある。
その一方で肥料が少ないので、新しい土地をドンドン開発していくことによって、農業生産を増やそうとするわけだ。
肥料はない、森林はある→じゃあ、森林を焼いて農地にしよう。
こういう発想らしい。
いわば焼き畑式農業の拡大版で、ドンドン森林を焼いて農地を拡げてくワケだ。
農業が始まった頃は、恐らくみんなこう言うやり方で農地を拓いていったって事らしいところがこのフロンティア農業というのは、そのうちすぐに限界に達する。
というのも農地というのはまず農業に適した土地から開発され、開発を進めれば進めるほど農業に適さない辺境地、つまりフロンティアや荒れ地を開発することになるからである。
辺境地は都市からも遠くなるし、交通の便も不便である。
また荒れ地は荒れ地なんだから、水を引くにも農地にするにも大きなコストがかかる。
だからそこで農作物を作っても大した利益にはならない。
こうして開発が進むに連れて、だんだん利益が減っていくことを、経済学では収穫逓減(しゅうかくていげん)と呼ぶ。
つまりフロンティア農業というのは、開墾すればするほど、だんだん割が合わなくなっていくわけだ。
森林伐採、土壌流出
18世紀初頭、清代の中国にトウモロコシが伝わると、中国でフロンティア農業が始まった。
トウモロコシは傾斜地でも栽培できるし、育てやすい作物であるので、四川や雲南などの中国内陸部の辺境地や、黄河以北の華北や山間部などでも広く栽培が始まった。
トウモロコシはイネ科の作物で比較的連作障害が少ない作物ではあるのだが、それも土中に十分にミネラルがあってこその話。
なのでだんだん作柄が悪くなり、トウモロコシが栽培できなくなると耕作放棄されて荒れ地になった。
その代わりにまた森林を伐採し、焼き畑にしてトウモロコシを栽培した。
中国ではトウモロコシは辺境地や山間部で栽培されたので、山はドンドン裸になっていき、土壌流失も始まった。
なにせ傾斜地の木を切って栽培していたので、耕作放棄されると大雨の度に土石流なども発生しやすくなる。
表土がはがれて、それが川底に溜まると川が浅くなるので洪水も増える。
中国ではそうしてフロンティア農業が行き詰まり、清朝末の混乱に突き進んでいくことになったわけだ。