カフェが売っているモノは一体何?

「サービス」から見ると「商品」はサービスのための一つの材料であり、選択や代替が可能な「コモディティ(ありふれたモノ)」である。

 

つまり喫茶店というサービス業を営む場合、飲ませるものはコーヒーでも紅茶でもココアでも良い。

 

カップも机や椅子も基本的に選択可能なモノであり、センスが良くても悪くても、店が明るかろうが薄暗かろうが、とりあえずサービスは成立する。

 

そしてさらにコーヒーという「商品」を作る場合、原料はコーヒー豆であれば良く、どこ産のモノでなければならないという制約はない。

 

Aという豆にするかBという豆にするか、焙煎を炭火にするか深煎りにするかどうするか、などというのも選択可能であるし代替可能である。

 

このように「コモディティ」と「商品」と「サービス」という経済価値には、後者の価値が前者の価値をコモディティ(ありふれた代替可能なモノ)として扱うという関係にあったのだ。

 

だから「コモディティ」が溢れると「商品」が溢れ、「商品」が溢れれば「サービス」もありふれたものとなっていく宿命にあったと言える。

 

だがサービスとして十束一からげに分類される経済的価値(オファー)も、よくよく観察するとありふれたサービスとそうではない価値があることがわかってきた。

 

ここに新たに「サービス」をありふれたコモディティとして扱い、それを原材料として生産される新しい経済的価値、つまり「経験(エクスペリエンス)」という経済的オファーが認識されたのである!



ディズニーランドが売ってる経済価値はなに?

「経験(エクスペリエンス)」とは大昔から存在していたが、明瞭に述べられなかった経済的価値であった。

 

経験(エクスペリエンス)は、サービスと混同されやすいが実はサービスではない。

 

サービスとは言ってみれば「高度な雑用の代行」でしかない。

 

自分でやるより他人にやってもらう方が安くついたり、修練して身につけなければできないようなことを、専門のスキルをもった誰かに金で代わりにやってもらう、というのがサービスである。

 

ところが経験(エクスペリエンス)が生産するのは、なんと「体験」であり「思い出」や「記憶」なのである。

 

そして人々はその「思い出」や「記憶」を作るために、喜んで金を出した。

 

この経験(エクスペリエンス)という価値を見事に創り出したのが、ウォルト・ディズニーでありその後継者たちであった。

 

ディズニーは人間の五感全てに訴えかける作品をステージングし、それぞれのゲストに「固有」な「経験(エクスペリエンス)」を創造したのである。


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