変身価値は普遍的

変身価値は普遍的

さらば価格競争。コモディティ化の罠から抜け出せ!―コモディティ、製品、サービスに続く、第四の経済価値「経験」

変身価値は、エクスペリエンスより、普遍的である。

変身価値を売るビジネスを、
「変身ビジネス」と呼ぶことにする。

 

変身ビジネスとは、顧客を変身させることを、
多かれ少なかれ「約束」するビジネスである。

 

たとえばフィットネスクラブの広告を見ると、
健康やシェイプアップ、スリムアップ、
ストレス発散、ヒップアップ、バストアップ、筋肉をつける、
などといった言葉がある。

 

「めざせ!4週間で体脂肪マイナス3Kg!」
なんて具体的な数値を掲げる場合もある。

 

これは顧客の変身願望を刺激するうたい文句であり、
顧客はそのために金を払ってフィットネスクラブのプログラムに参加する。

 

市営や県営といった公営のスポーツセンターには、
安くトレーニング器具を貸してくれるところがあるが、
それでは変身価値を提供していると言うことにはならない。

 

それはこういうところでは各種トレーニングをする場所と器具と、
簡単なインストラクションを提供しているのみであり、

 

「こう変身したいなら、こういうトレーニングを、こういう順番で行う」
などというメニューは自分自身で組み立てねばならないし、
変身途中の確認や励ましなどと言ったモノも提供されないからである。

 

また広告にはうたっていなくとも、
暗黙のうちに変身価値を求められているようなビジネスもある。

 

たとえばテキストには、
しつけや礼儀作法を学ばせるために、
武道の道場に子供をやるという例が載っているが、
武術を教える道場ではあまりそういうことをウリにはしていない(→240ページ)。


武道教室の売りは「しつけ」ではないのが、それを期待される。

本来、若者が武道の道場に通う目的は、
強くなりたいとか、自分の身を守りたいとか、
武術の心得が必要な仕事、たとえば警官とかガードマン、
アクションスターとか体育関係のインストラクターなどをしたいとか、
そういうものである。

 

だが子供を道場に通わせる親たちは、
武術修行を通じて様々な経験を子供にさせ、
そして親の言うことを良く聞く子供に変身させたい。

 

あるいは弱虫の子供を克己心を持った人間に成長させたい。

 

そういう要望を持っていて、そのために金を出している。

 

だから武術教師はしつけを子供に対して行うことを暗に要求され、
そういうことができないところは経済的な利益を得ることはない。

 

ただこういうところへ子供を通わせると、
礼儀作法だけではなく、
危険な東洋の神秘主義的な影響を受けやすいので、
わざわざアメリカ人の師範のいるところを探したりする親もいるとテキストにはある。

 

アメリカでメジャーな武道といえば、空手・柔道・合気道、テコンドー、
そしてブルース・リーが香港時代に学んだ詠春拳(wing chun kung-fu)あたりだそうで、
いずれも東洋から渡ってきた人間の伝える武術だから、そういう面も確かにあるだろう。

 

変身ビジネスとしては、他にも
各種ビジネス学校や資格習得を目的とした学校
(理容師・美容師・調理師・ホテルマン・ツアコン・情報処理・・・)や、
料理教室とか講習会、断食道場、禁煙道場、等々、
様々なものがある。

 

だが、変身価値(トランスフォーメーション・バリュー)は、
変身ビジネスのみに存在するわけではない。

 

商品やサービスと言ったコモディティ化してしまったモノの中にも、
変身価値が盛り込まれているという場合もある。

 

たとえばユニクロの服ばかり買って着ていれば、
その人はユニクロのセンスを身にまとう人間に変身する。

 

いつも高級なスーパーやデパートで買い物をしていれば、
高級なセンスが少なからず身に付く。

 

「これを食べると健康になれる」というふうに陳列された食品は、
たいていよく売れるだろうし、
「これを使えば肌が若返る」というふうに宣伝された化粧品やマッサージも、
たいてい売れる。

 

つまり顧客は商品やサービスの中の変身価値に対し、
もうすでにお金を払っており、
そう言う機能を持った商品やサービスは売れるのである。

 

今考えている変身価値を、
何か特別な価値のように考えてはいけないのかも知れない。

 

変身価値はもっと身近で、
もっと普遍的な価値かも知れないのである。

 

 

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