ナイキがハッキリさせたブランド価値

ナイキがハッキリさせたブランド価値

さらば価格競争。コモディティ化の罠から抜け出せ!―コモディティ、製品、サービスに続く、第四の経済価値「経験」

ブランドと経験(エクスペリエンス)価値

二十世紀最後の十年間は、ブランド化の嵐が吹き荒れた。

 

ブランドに対するそれまでの理解は、「品質保証」「ハズレではない、センスの良い商品を保証するもの」であり、それは商品自体のアイデンティティを示すものであった。

 

たとえばかつてスポーツメーカーは、スポーツをするための機能を備えているという「評判」を顧客から勝ち取ることが「ブランド」を形成し、ブランドとはそのための道具でしかなかった。

 

バスケット・シューズはバスケットをする者にとって、「バスケットをするために必要な特性」を備え、「バスケットをするときに役に立つという便益」を提供するものであり、それを作るメーカーはそういう評判を得ることこそがブランドだった。

 

そして自社製品を他社製品と差別化する印やマークこそがブランドなのだというのが研究者の理解であった。

 

だからこそ最近まで企業は自社商品の「機能強化」と「品質向上」に大きな力を注ぎ、とにかく高品質・高機能の製品を作り続けてきた。

 

必要あるのかないのかよく分からない様々な機能を追加し、その機能をちゃんと備えていない商品は出さない、というかんじで。

 

ところが1990年代の後半にナイキに起こった「ブランド化」は、それとはまた別の形に展開した。

 

ナイキのプロダクトの中心はあくまでもシューズであるが、それをシューズと呼ばずに「フット・ウエア」と称し、スポーツ・ウエアやバッグなどのイクウィップメント(備品)・ウエアとともに、身にまとってスポーツ・ライクな生活を送るためのツールとして位置づけた。

 



ナイキが変えたスポーツグッズの価値

ナイキは、ゴルフ、テニス、バスケット、サッカー、野球、ランニングのそれぞれに、フット・ウエアとスポーツ・ウエア、イクウィップメントを揃え、ナイキで全身を覆うことが可能な品揃えを整えた。

 

ただの時計でさえも、ナイキ・ブランドでは「タイム・ウエア」であり、時を身にまとうモノになってしまう。

 

そうして他の時計メーカーの時計と差別化を図り、どんどん値崩れする他社の時計の何倍もの価格で販売している。

 

そしてナイキ・タウンと呼ばれる直営店では、ナイキと契約しているプロスポーツ選手のビデオが流れ、ナイキブランドのオーディオすら「ウエア」として販売している。

 

ナイキはそうして自社のプロダクトを、ウエア(身にまとうモノ)として認識し、ナイキをまとって生活する提案を行ったわけである。

 

これを従来のマーケティングの分析手法で捉えることは難しい。

 

というのも従来の分析では「ブランド=ID」であり、そのブランドを支えるのはあくまでも「機能的特性」と「便益(非金銭的なモノも含む利益)」であったからである。

 

自社製造のシューズやスポーツ・ウエアの機能的特性の高さがブランド・イメージを上げるというのは分かるが、時計にしてもオーディオにしても、ナイキのデザインがプラスαとしてOEMプロダクトに乗っかっているだけである。

 

商品の機能と便益に置いては他社の製品と同様であるか、もしかしたらそれより劣っているかも知れないくらいである。

 

だから従来の分析では、ナイキのブランドと他社のブランドを比較して、なぜそれが高く売れ喜んで買われていくかをハッキリさせることができなかった。

 

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