できるヤツになる(2)~できるヤツをまねる
もちろん、合格するのに必要な『何か』を掴むには、別の方法もあります。
それは「できるヤツの真似をする」と言うことです。そしてさらに「できるやつにアドバイスをしてもらう!」と言うことができれば、鬼に金棒。
「なーんや、そんなん当たり前やないか!」
と言われそうですが、しかしホントの話、そうなのです。
できるヤツがどう考え、どう行動するか。 できるヤツに弟子入りし、一挙一動を真似する。
それができれば、自分もできるようになる。あたりまえの理屈です。
実際そうして、できるようになっていくヤツも、結構います。
超進学校から毎年、何十人も東大や京大などに卒業生を送り出せるかと言えば、周囲に参考にできる「できるヤツ」がたくさんいるからかも知れません。教師や講師、マニアックな友人、塾の先生、…みんな、できるヤツですね。
けれど、真似をするということだって、そんなに簡単な話ではないのです。というのも真似をして学力を上げるには、自分に足りないモノがあると言うことを、自覚していることが必要だからです。
たとえば学校や塾で勉強をするのも、言ってみれば「先生という、できるヤツ」の真似をしているわけです。また「先生というできるヤツに、アドバイスをしてもらっている」わけです。
それでも、できるようになる生徒もいれば、できないままの生徒もいます。同じクラスや同じ塾で同じ先生に習っているのに、できるようになるヤツもいれば、そうならないヤツもいる。この違いは、一体なんでしょう?
それはもう「彼我の差を、認識しているかどうか」だけです。そしてつけ加えるなら、真似をする対象の人間に追いつくには「地道に真似るしかない」とわかっているかどうか、でしょう。
「自分はそこそこ、できている」と思っている人は、他人の真似なんかしません。
そういう人は、必ず自分なりの方法でやろうとするはずです。
「こうした方が、いいよ」とアドバイスしても、頑なに自分なりの考え方や方法に固執します。
できる人と自分の差に、まだ気づいていないのですから、ある意味、仕方ないのかも知れませんが、 まだガムシャラに努力して、努力し尽くしていないだけかもしれません。
努力しつくしたにもかかわらずできなくて、「一体あいつと自分と何が違うんだろう?」と見比べてみたとき、初めてその差が見えてくるモノなのかも知れません。
また、何かとっておきの勉強法で、自分より先を行っている人間を一気に追い抜こうなんて考えている人間も「他人の良いところを、少しでも真似していこう」だなんて思いません。
そういう人は、できる人が、いきなりできるようになったと、考えているのかも知れません。
でも今をときめくイチローだって、小学生の頃から野球選手を目指して努力し、プロに入ってからも、二年間は2軍生活を送っていたのです。
今年2000本安打を達成したヤクルトの古田選手だって、学校を出たときには、声がかかりませんでした。
大学卒業時に、阪神タイガースが候補にリストアップしていたそうですが「眼鏡の捕手はいらん」ということで、ドラフトにもかかりませんでした。
天才と呼ばれる人物だって、いきなりそうなったわけではないし、天才でも結果を出すまでに相当時間がかかっていると言うことは、結局一つ一つ積み重ねていくしかないわけです。
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まねることの難しさ
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できるヤツになるために、できるヤツの真似をする。そう決心できたとしましょう。
でもできないヤツにとって、できるヤツの真似をするのは、そんなに簡単な話ではありません。
たとえば私は月に2~3回程度ですが、とある大東流(だいとうりゅう)の道場に稽古に行っています。が、入門してもう三年以上たつというのに、未だにロクに技がかかりません。
師範がどういう風に技をかけているのか、足はどうしているのか、手はどうしているのか、顔や口はどうなっているのか、私なりに一つ一つ観察しながら稽古しているのですが、それでもまるでできません。
武術の技というのは、命のやりとりにつながるモノですから、そこには相手に気づかれないウチに、技をかけて相手を制する様々な技術があるわけです。だから外見でそれが見えたら、意味はないのですが、それにしてもできない。
私は大学で拳法を何年もやっていましたし、関節技などもたくさん知っていました。合気道だって高校生時代、半年だけですがやっていました。 ヘナチョコですが武術オタクで、色々な本やビデオを集めて、色々なことを知っているつもりでした。が、それでもまるでできないのです。
そもそもまず、入門前は技の原理すらわかりませんでした。
今教わっている師範は大東流では有名な方で、ビデオも何本も発売されています。だから技自体はずっと以前から何度もビデオで見ていたのですが、その原理は皆目見当が付きませんでした。
だから入門以前は、
「なんでこんな技のかけ方で、人が転ぶのだろう?」
「なんでこんな技で、人が動けなくなるのだろう?」
などと、ずっと思っていました。
また「これって、『受け』が勝手に飛んでるだけとちゃうのんやろか?」と、よく思っていました。実際私のやっていた拳法の演武などでは、技がかかっていなくても『受け』が勝手に自分から吹っ飛んだりしていましたから、それに近いんじゃないかと。
しかし縁あって就職で東京に出てきて、そしてこの師範の会に入門することができました。そして稽古に通ってみて初めて、「ああ、そうか!」「ああ、なるほど!」と思いました。
実際に技を体験し、師範の動きを近くで観て真似をすることによって、徐々にその技の原理が理解できるようになってきたのです。散々ビデオを見直してもわからなかったことが、実際に体験することで、(大まかな理屈だけですが)ようやくわかりました。
中国武術の用語に、『黙念師容』(もくねんしよう)と言う言葉があります。
「師の姿を、頭の中に浮かべて、修練せよ」ということですが、師匠がこの技をどうやってかけていたか、この技に関して何を言ったか。そういう師の動きや言動をしっかり目や耳に焼き付け、それを手がかりにすることによって、初めてその技の原理やタイミング、用法などを知ることができるのです。
できるヤツを真似るというのも、それなりの能力と努力が必要なのです。


