貧乏人の正体~良家の娘は良家のオトコと結ばれる

大学で初めて知った裕福というモノ

大学で初めて知った裕福というモノ

大学で初めて知った裕福というモノ

 アマノ君やユカリさんなどといった裕福な家庭に育った人間と大学で知り合い、そしてわずかではあったが彼らと行動を共にすることによって、ボクは初めて貧乏な家と裕福な家庭とではモノの見方や考え方が、ものすごく違うということに気がついた。

お金の使い方やそのための考え方、生活の態度や衣食住に関する興味。そう言ったモノが、少なくともボクが親から教えられてきたモノとはまるで異なっていることを痛感した。

 そして彼らの行動力。ボクが犬を飼いたいと思ったら、ユカリさんのようにそのためのアパートを探し、車の免許をとるなんてことができるかどうか。ボクにカメラの趣味があり、そして五十万という金があったなら、果たしてアマノ君のように高級カメラを買えたかどうか。

「お金があるから、できるんだ」「お金があるから、買えるんだ」そう考える人もいるだろう。

 ボクも実はそう考えていたが、彼らを見ていると、金があっても自分には彼らのようには行動できないような気がした。なぜなら彼らのそんな行動は、「お金が無くても、やるんだ」「お金が無くても、買うんだ」という感じだったからである。

 だがしかし彼らの親は、万人が認めるような大金持ちでも、世間に名の通った大資産家でもなかった。彼らはソニーや松下やトヨタといった超一流の大企業の創業者一族でもなく、また東宝やヨーカドーなどといった大企業の経営者の親戚でもない。

「駐車場とアパートを経営している、昔は米屋もやっていた」とか、「手広くガソリンスタンドとブローカーをやっている」とか「実家は内装専門の工務店だ」「弁護士だ」などという、ただの地方の小金持ちの息子や娘でしかなかった。

 そんな彼らになぜ、ゼイタクな暮らしができるのか? とも思うが、作家で金儲けの神様こと邱永漢さんによると、地方の駅前に土地を持って商売するくらいの小金持ちが実は一番裕福で、一番充実したお金の使い方ができるモノのだということらしい。邱センセイは、賢い人は生活を豊かにし、そして毎日を楽しく過ごせるような中金持ちを目指すべきだと考え、「賢者は中金持ちをめざす」なんていう本まで書いているくらいである。

 実際、のちにボクがアマノ君に
「最近邱永漢の本を読んで、金持ちになる方法を研究しているんだ」
と話したら、彼はすぐ
「うちの父親は邱友会っていう、邱永漢と会食して話をする会に入っているんだ。それでいつも邱永漢とともに儲けたり損したりしてる。最近は中国に投資したのが失敗して…」
などと応えたから、まさに彼らはそう言う家庭の子弟だったのである。


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