崩れだした思惑
崩れだした思惑
さて彼らは、翌週も翌々週も、同じようにディスコに通い、そしてそこで出会った彼女たちとデートを重ねていった。
ボクは昔から女性の化粧臭い臭いが苦手だったので、実はディスコで知り合った女の子の話など全く興味無かったのだが、アカイさんはそんなことはおかまいなしに、いつもかなりうれしそうに、その話を何度も何度も聞かせてくれた。そして話が終わると決まっていつも最後に「あー次の金曜日が待ち遠しいわぁ!」とつぶやいた。
しかし、そうやって何週間か過ぎてふと気が付くと、いつの間にか彼はボクにその話をしなくなっていた。と言うのもどうやら彼らの関係は、少しずつ、少しずつ、微妙な状態になってきていたらしかった。
ボクは普段から終始、そういう方面の話に対しては全く無頓着だったし、アカイさんも、ヒダカ君を避けるように、いつの間にやらウチへ来なくなっていた。だから、その間の事情はよくわからなかったのだが、同じ拳法部で麻雀仲間のヨシザワ君の話によると、
「どうも、向こうの女の子が二人とも、アカイさんだけに興味があることが、わかってきたんや。だからヒダカが一人浮いてしもて、機嫌を悪くしている」
ということであった。
「うーん、それはちょっと、エライことになってきたな」「うん」
ボク自身、そういう宴会やコンパのような集まりに行くと、すぐ浮いてしまって片隅でただボーッとしていることが多かったから、ヒダカ君の置かれた立場が、かなり気分の悪いものであることは容易に想像できた。
二人のかわいい女の子と健康そうな男性が、客観的に見ればどうしようもなく些細でつまらない話題であるのに、それをとんでもなくうれしそうな笑顔で話し、そして盛り上がっている。ところがその同じテーブルに自分もいるのに、自分はなかなかその話題の輪の中に入れない。
みんなが楽しそうに大縄跳びをしているところへなかなか加われず、勇気をだして飛び込んでみたら、今度は縄を足に引っ掛けて縄跳び自体を台無しにしてしまう。スピードにもついていけないし、リズムもつかめない、、そんな感じ。
「えっえ? なになになにっ、何の話?」「えっ? それってどんなもの?」「あはははっ、ヘンなのっ!」「そう言えばこういう話もあるよ、実はボクの友達で○○ていうやつがいてねぇ」
などと知らない話でも上手く間の手を入れ、そして相手に気持ち良く話をさせて会話に参加するなどといった技術も、そして関西圏独特の「ボケとツッコミ」のある会話への乱入という高等技術も、広島出身でしかもプライドの変に高いヒダカくんには、残念ながら持ち合わせていないものだったにちがいない。
またヒダカ君は最初に少し書いた通り、数学科に通いながらもスチールラック一杯に少女マンガを集めているような「ウチの大学によくいる、正しい変な人」であったのだが、どういうわけだか彼は突然何かを強硬に主張しだし、周囲からヒンシュクを買うことが多かった。
例えばインスタントラーメンを作っても、すぐにグチャグチャになるまで煮込んで「ラーメンにコシなんか要らん! ラーメンはグチャグチャがうまいんだ!」などと言い出して、みんなから呆れられたり、
「(マンガ家の)カワハラユミコは絶対、アダチミツルとデキテるで!」
と突然言い出して、ボクがそれに
「えーっ、カワハラユミコって、T大の大学院生と付き合ってるんやなかったっけ?」
と反論しても証拠の少女コミックの「あだち先生お元気?」という書き込みを指差して、「ほらここっ、ここっ!」と怒ったようにボクが根をあげるまで言い続けたりした。
恐らく彼は、下宿以外の他の場所でもそうやって自分の意見や説を強硬に主張し、そして拒否されても否定されても延々頑張っていたに違いない。
それは彼特有の生来の性格なのか、それとも彼の育った広島某所の環境のせいなのかはよくわからなかったが、ウチの大学のように全国から学生が集まり、日常茶飯時に別の価値観にでくわす場所においても、彼はどういうわけだか自説をまるで絶対の真理のように言い、そしてそれを強硬に主張するようなところがあった。
だから推測ではあるが彼は、アカイさんと二人の女の子の輪の中に自分が入れない事に対して、ものすごく不満を持ち、そして潔く負けを認めることを拒否したのだろう。
「何でオレが振られるんだ?」
彼にとってその出来事は、彼自身の全人格が否定されるような出来事だったらしい。
そしてそれには、彼の弟が現役で東大に合格した事も、何か影を落としているらしかった。