ヒダカ君のこと
ヒダカ君のこと
さてその当時ボクの隣の部屋には、ヒダカ君という同輩が住んでいた。彼は理学部数学科の人間で同じクラブに在籍していたのだが、ボクの部屋がよく麻雀大会の会場になっていたので「何かと便利だ」とか言って、一回生の終わりにボクの隣の部屋へ引っ越して来ていたのだ。
その頃は確かに何かにつけて麻雀をしていて、たとえば
「湯川博士が亡くなったから、さあそれでは博士の追悼麻雀をしよう。中(チュン)がドラで、中をカンしてリーチをかけてロン上がりをしたら、中(チュン)カンし、リーチ・ロン(中間子理論)で役満ぢゃあ!」とか、
「川端康成がノーベル文学賞を取ったから、さあ麻雀しよう。白がドラで白を暗カンしてリーチをかけてロン上がりをしたら、意味はないけど「雪国」という役で役満ぢゃあ!」
などと、毎晩のようにボクの狭い四畳半の部屋にみなで集まっては、麻雀をしていた。
麻雀ができないやつも、何だかんだとやってきてはウダ話をしたり、いろいろ情報交換などをしていた。だから確かに便利は便利だったに違いない。
そのヒダカ君が、ちょうどそこへ帰って来た。そしてアカイさんの提案を聞くや否や、ボクらがその提案を渋ったのとは全く対照的に「行く行く行くっ! オレそれ行くっ!」と大喜びで言い出した。アカイさんの言い分を追認するように
「やっぱりウチの大学には、かわいい女の子なんか一人もおらんで。ディスコでも行って捜して来んと!」
と広島なまりのアクセントでそう言いだした。
「どーげんも一緒に行こうぜえ! ナンパするならやっぱりディスコやで!」
などと一度もディスコに行ったことのない彼が、ボクに言った。
そんな彼の様子を見て、その場にいたみんなは一様に驚いた。というのも、ヒダカ君は少し変わった男だったからである。
彼は確かに背丈はそこそこあるのだが、少し歯が出気味で、髪の毛も白髪が何本かに一本の割合で生えている「銀髪」の持ち主だった。また肌もすこし乾燥気味の少し茶色い老けた色をしていたし、歩き方も踵を上げてクチャクチャ歩くような人であった。
彼はそして、数学科というような難しい学科に通いながらも、大きなスチールラックにあふれんばかりの少女マンガを集めていて、それをまたうれしそうに自慢するような、ちょっと変な感じのヒトだったのだ。
もちろんボクら同じ大学に通うモノから見ると、彼は確かにただの「ウチの大学によくいる、正しい変な人」でしかなかったのだが、しかし外部の常識人から見ると、きっと変な感じに見えた事だろう。そんな彼が「ディスコにナンパに行く!」と言い出したものだから、その夜ボクの部屋に集まっていた連中は、みんなビックリした。
そして口々に
「アカイさんはともかく、ヒダカがそんな事したってアカンのとちゃうかあ?」
「ムダやムダ! お金損するだけや」
などと彼に忠告したが、しかし彼はボクらを睨みそして真剣な顔で
「行くっ! 絶対に行く! ナンパする!」
と言いきり、控え室、つまり隣の自分の部屋へアカイさんを引き込んで、二人でディスコでナンパの大計画を練り始めた。
結局アカイさんの提案に賛同したのはヒダカ君だけであったが、ボクら麻雀仲間の連中の予想では、やはりアカイさんなら上手く行くかも知れないが、ヒダカ君はやっぱり難しいんじゃないか、という意見が大勢を占めた。
「何せ女は外見で男を選ぶもん!」
誰かがそう言った。しかしそれを耳にしたヒダカ君は怒って
「うるさいっ! こっちは真剣に話をしとるんじゃ、黙れっ!」
と怒鳴り、そしてドン!と壁を蹴った。やれやれ、というかんじでボクらは麻雀を再開したが、やっぱり話はその事に集中した。