やっぱりそれも、良家の教育

確かに自分の失敗談や情けない話をみんなにすれば、同情は買わなくても何らかの情報は得られる。

 

同じような失敗をした人間から、話を聞けることだってよくある。

 

そして他人の失敗は蜜の味などと言って、失敗談をすると友人や知り合いは、ボクが当初アマノ君に抱いたような微かな優越感に浸り、侮りながらも優しい心になってその者を助ける事だって多い。

 

同じ失敗を経験した人間は、仲間が見つかったとばかり喜んで自分の体験談を話してくれるだろうし、失敗しなかった人間も失敗しないような智恵を貸してくれる。

 

「三人寄れば文殊の智恵」とはいうが、ボクのように何でも自分一人の力で解決しようとする人間と、平気で広く他人の智恵を借りることのできる人間とでは、問題処理の効率も解決率も桁外れに違ってくるに違いない。

 

そうやって他人から智恵を広く借りながら、自分の暮らしや能力をどんどん向上させていくのが、つまり裕福な人間のやり方であったのだ。

 

「借り物でも智恵は智恵」と邱永漢は言うが、つまりそれはまさにそういうことであったのだ。

 

こういう話を書くと世間には、「なんで?それって当たり前じゃない!」なんて思う人間がたくさんいると思う。

 

しかし貧乏人というのは、そういうこともまるでできないのだ。

 

貧乏人でも子供の時から同じ土地に住み、周囲に自分のことをよく知っている人間がたくさんいる場合には、そういった恥をさらすことができることだろうが。

 

それにしても裕福な人間のするように、隙があったらちょっとした知り合いにでも、自分の話や恥をさらしてしまおうとするわけではない。

 

普通の人は他人に笑われやしないか、他人にバカにされないか、そういうことがものすごく嫌いでそして嫌がる。

 

ボクもそうだしウチの親たちもそうである。

 

貧乏人は特に何か言えば恥をかくことばかりだから、だんだん何も言えなくなっていく。

 


もちろん彼らだって最初は、失敗談を他人にするのは恥ずかしかったに違いない。

 

しかし親や親戚に促され一度そういう真似をして、友人たちが期待以上に自分を助けてくれたり援助してくれるのを知るともう、どんどん自分のことを話さなければ気がすまなくなっていくのだろう。

 

本人自身の性格というものも確かにある。

 

がしかし親兄弟などの周囲の環境というものも忘れてはならない。

 

親がちゃんとささいな体験談や失敗談でも、普段から平気で家庭や食卓でしているならば、その子供もそういうことに抵抗が少なくなる。

 

そしてまた一方の親達も自分が何をしているか、何を考えどう行動しているかを常に、家族や子供たちに知らせ話をするということが、家族に様々なシミレーションをする好機会を与える。

 

それが実は裕福な家庭に参加する各人の行動を正し、全体を最適化していくのである。

 

家庭の状況が皆にわかれば、それぞれが対処できるが、わからないと逆に疑心暗鬼に陥ったり、不必要な努力をすることになってしまうからだ。

 

邱永漢さんの家では子供に向かっても、平気で家の経済状態や事業のようすなど事細かに食卓で話題にするらしいが、そういう家庭の状況や自分の失敗談をどんどん語ることが必要なのだという良識が、豊かな家庭には当たり前のようにあるらしい。

 

そしてそれがつまり裕福な人間は、自分の恥や失敗談をうれしそうに話すと言う事であり、それがまた子供を裕福にする秘訣でもあったのだ。

 

だが残念ながらボクの母親は、一切そういう話をしなかった。

 

ウチにどのくらいのお金があって、家計がどういう状況になっているかもまるでボクらには知らせなかったし、そしてまた母親が一体どういう人間で、実際にボクらのことをどうするつもりでいたのかも、気配すら匂わせなかった。

 

話すのは他人の悪口とできもしない耳障りの良い話ばかりで、対話も会話も全くなかった。

 

だからボクが自分の母親が実はとんでもない甘ちゃんで、学問にも息子の将来にも全く関心がなく、そんなものにお金を注ぎ込むなんて、苦痛以外の何物でもないと心の奥底で考えていたと気づいたのは、散々母親にいじめられ翻弄された後であった。

 

親がそういう人間であるとわかれば、子供だってそれなりの覚悟をして生きるものだが、貧乏人の親はそうやって子供の対処すらも阻んでしまうのだ。

 

貧乏人は良識など一つとして持っていない。

 

やることなすこと無茶苦茶だ。

 

「あたしちょっと勘違いしていたみたい」彼女は唐突にそう言った。

 

「あなたの事を好きだと思ったのはウソじゃないけど、ちょっと違ってたみたい。だから…」。

 

良家の娘は良家の男と結ばれる。

 

悔しいけれどそれは本当だ。

 

(第8章・おわり)

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