知恵は、在野に求めよ
「一の矢は受けても二の矢、三の矢は受けず」
ボクはこの言葉を何度も何度も繰り返した。もちろん自分の頭にしっかりたたき込むために。
誰だって失敗はするのだ。裕福な人間であろうと貧乏人であろうと。誰だって病気になったりケガをしたり、運の悪い目に逢うのだ。
もちろん最初の大失敗で不具になったり命を落としたりすればそれは「不運」としてあきらめるしかない。そういう運命だったと、そういう不運が自分に当たったのだと。
しかし二度目三度目は、実は不運なのではない。
最初の失敗をしっかり分析し、ちゃんと対処し、そういう癖を身につけていなかったからこそ、二度目三度目もそれで失敗するのである。
同じ失敗を、十回も二十回も繰り返すことだってめずらしくない。一生同じ失敗ばかり繰り返している人間のいかに多いことか!
アマノ君やビートたけしさんがなぜ、話さなくてもよい情けない話まで平気でみんなに話すのかといえば、それは彼らの心の奥底に「同じような失敗はしたくない、同じような損はしたくない」という気持ちがあるからなのだボクは思う。
一つ間違えれば、それはケチとも相通ずるような感情が根底にあるのだと。
自分が何かで失敗した。何かで損をした。恥をかいた。ガラクタを引いた。それがとても悔しい。とても腹立たしい。
失敗したのは今更仕方ないから諦めるにしても、しかし二度と同じ失敗はしたくない。決して二の矢三の矢は、受けたくない。
だからなぜ自分が失敗したのか、どうしても知りたい。どうすれば同じ失敗を繰り返さなくてすむか、どうしても知りたい。そういう強い欲望を彼らは秘めているのだとボクは思うのである。
そうした時にボクならどうするかと言うと、本を読む。本を読み現象を観察し、そしてそのパターンを何とか独力でつかもうとする。苦しみながらつい一人でそれを解決しようと試みる。
「一つのことを自分でやり遂げないと次へは行けない性格」
以前アマノ君がボクの性格を評してそう言ったことがあったが、それはボクが親すら子供の頼りになることを拒否する環境で育ったからだろう。
ボクには残念だけど頼りにしてよい人間など、一人もいなかった。
そしてボクの抱く疑問は「貧乏」だとか「宇宙」だとか「運命」などといった抽象的なものが多かったから、それに答えうる人間がほとんどいず、独力で勉強してそれを理解するしか他に手立てがなかったからであろう。
だがしかし、アマノ君やビートたけしさんは、そんなことはしない。そんなつまらない努力を経ずに、問題を解決してしまう。それがまさに「失敗談を友人や知り合いに、広く話す」という手段であったのだ。
アイデアは在野に求めよ、なんて言葉もあるが、彼らは実に自分の抱えている問題や悩みを広く世の中に公表するすることによって、その解決法を手に入れようとするのだ。
「あーっ、そうかーっ!」
ボクは思わず心の中で叫んだ。
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