豊かな国は、裕福な人間にしか作れない

第二次世界大戦で、東アジアは甚大な被害を被った。

 

日本による大陸への進出侵略、それに対抗した連合国の日本攻略、ソ連による終戦間際の物質的略奪、中国による共産主義的膨張と思想侵犯、韓国・朝鮮による周辺国の軍隊を引き込んでの、有史以来のいつもの権力闘争。

 

そういう諸々の破壊の中から、なぜ日本と台湾と香港だけが、すぐに繁栄を取り戻したかと言えば、これらの地域が戦前すでにかなり高水準の社会を、築きあげていたからである。

 

たとえば国民党政府が台湾人蜂起に銃で答えた
「二・二八事件」の頃の台湾では、大陸から渡ってきた役人が、柱に蛇口だけ取り付けて「水がでない」と言って、台湾人の失笑を買ったなどという話がある。

 

それは大陸ではまだ水道というものが一部の都会にしか普及しておらず、その仕組みが理解されていなかったからであろう。

 

そう言った連中が再建する社会には、恐らく水道など引かれない。

 

水道というものの仕組みと有り難さを、みんなが知っていればこそその再建は理解され、それに大金と大労力が注ぎ込まれる。

 

しかしそれがわからない者にとっては、そんなモノに大金と労力をかけるなんて、とてもじゃないができないし理解されないのである。

 

だから日本や台湾や香港の人々は、失った高水準の生活を取り戻すために、シャカリキになって頑張った。

 

思想がどうの責任がどうのという問題よりも、とにかく当時の居心地の悪い環境から抜け出そうとし、頑張ったのだ。

 

まさに激しい生活水準回復本能である。

 

だがしかしその他の国の人々は、戦前もさして高い水準の生活をしていなかった。

 

確かに高水準の生活をしていた人間もいただろうが、貧富の差が大きすぎてそういう生活を実感できる人間が少なすぎた。

 

だから日本や台湾や香港などのようには経済が回復されなかった。

 


毛沢東が田舎出ではなく、そしてちゃんと西欧留学の機会を生かして、欧米の様子を知っていたならば、中国はとっくの昔に豊かな国になっていただろうと、邱センセイは書いている。

 

「延安の山だし」が政治の実権を握らなければ、もっとはやく方向転換しただろうと。

 

毛沢東は北京大学の図書館で働いていたノンキャリアで、タタキアゲである。

 

しかし豊かさを理解できないタイプの人であったようだ。

 

彼は留学の機会や先進国訪問の機会があったにもかかわらず、自分の地位を失うことを恐れて海外に出ることを「怠った」。

 

だから彼らには壊れて失ってしまったモノを、作り直すことすらできなかったのだ。

 

元々そんなものは持っていなかったから必要すらも感じず、そういうことをしようとする者がおれば妨害すらしてしまったのだ。

 

だから彼らには激しい生活水準回復本能が働かず、低い水準の生活が回復しただけの状態で、もう権力争いや思想問題・責任問題へと関心が移っていった。

 

貧乏と裕福という観点は、人間社会全体にかかわる問題だとボクは思う。

 

搾取だとか収奪という視点では、中国がなぜ豊かになるのが遅れたかは説明がつかない。

 

外国の勢力を徹底的に排除して、誰も搾取も収奪もしない国を作り上げたのに、国が貧しいままだったのだから。

 

裕福な人間がなぜガラクタをつかまず、ガラクタをつかんでもすぐに手放すのか、そして裕福な人間が貧乏な人間よりなぜ頑張るのか。

 

それは五蘊盛苦のせいなのである。

 

彼らの動機はただ自分の苦しみから逃れようとしているだけなのだ。

 

がしかしその行動が彼らをまた幸福な状態へとひきもどす。

 

だが悲しいかな貧乏人にはそれがない。

 

それがあったとしても親や周囲から、悪い環境で我慢するように育てられるのだ。

広告

このエントリーをはてなブックマークに追加