遅れるバスは、さらに遅れる

貧乏人というのは不思議なことに、「徳用」の商品がなかなか買えない。

 

モノを安く買うためには、一度にたくさん買うということも必要で、容量の大きなものを買えばたいていお得だし、値段も結果的に割安になる。

 

だがしかし不思議なことに貧乏人には、こういうこともできない。

 

というのも貧乏人は手持ちの金が少ないし、一日の出費を○○円に抑えようだなんていう、悪い癖を持っていることが多いから、大容量のお得用のモノが買えなくなり、割高なものを買うことが多くなってしまうのだ。

 

貧乏人も理屈では
「必要な品物を安い時にたくさん買って置いておく」
というのはモノを安く買うためには絶対に欠かせない方法で、そして「小容量のパッケージのモノより、大容量の徳用のものを買わないと損だ」だというのはよくわかっている。

 

だがしかし実際にそういうことをやろうとするだけの余裕はないし、それを買うのには勇気がいる。

 

というのも貧乏人はたいてい収入と支出はトントンになっているから、何か余分な出費をするとそれは、他の部分にシワ寄せがゆくことになってしまうのである。

 

本当に必要な商品であるとわかっているならまだしも、本当に必要かどうかわからないモノなら、ものすごく決心が要る。

 

たとえばボクにとっての必需品は風邪薬である。

 

ボクは年中しょっちゅう風邪をひいているから、風邪薬は必需品も必需品で、しかも「第一級の」必需品であったのだが、最近までどうしても徳用のビンのものが買えなかった。

 

六十五錠入りのものが約1500円で九十錠入りのものが約2000円。

 

だから「必需品は徳用のものを買う」という倹約の原則から言えば、たとえ百円ぐらいしか安くなくても、徳用の方を買うべきであるというのは頭ではよくわかっていた。

 

たとえ百円でも五十円の缶ジュース二本に化ける、だから絶対に大きなビンの方を買うべきである。

 

がそれがなかなか実行できなかった。

 

なぜなら財布には数千円しか入ってないのだ。

 

だから風邪薬を買うとすぐ後の食費に響いてしまうのだ。

 

他にも金の遣い道はあるし、二千円と千五百円では五百円も違う。

 

五百円あれば御馳走は食えないにしても、一食分のメシ代にはなる。

 


それに「風邪だからすぐに治るかもしれないし、少しガマンすればなんとかなる」と、そういう雑念がすぐ脳裏を走るから、どうしても大瓶を買うのをためらう。

 

過去の自分の体調や健康状態から考えれば、そんな甘いことなど絶対に起こらないはずなのだが、頭痛がしていたり鼻が詰まっていたりすると、すぐそんなことを考える。

 

パチンコやパチスロなどをしているときも、熱があったりしてボーッとしていると、退き時になっても「まだ出るんじゃないか?」、「まだ勝てるんじゃないか?」などと甘い雑念が湧いてくるが、体調が悪い時ほどそういう妄想が現れやすい。

 

熱があるとどういうわけだか客観性がなくなってしまうのだ。

 

だからそこで割高な風邪薬をついつい買ってしまう。

 

割高だと知っていても買ってしまう。

 

ところがやっぱり風邪薬はボクにとっては、第一級の必需品なのである。

 

決しておろそかにはできない重要な消費財なのである。

 

だからこのシワ寄せはたいてい後になってやって来る。

 

つまり月末のお金のない時に、またひどい風邪をひいてしまうのだ。

 

そうすると今度はお金がないから、千五百円の安い方しか買えない状態になっている。

 

結局また割高なモノを買うことになって損をする。

 

月初めに九十錠の大ビンのモノを買っておけば、月末にそんなことは起こらなかったのに、そうやって毎回毎回割高な買い物をし、損を重ねることになってしまうのである。

 

さすがにボクも最近は風邪薬が、自分にとっての必需品だとはっきりと認識したので、月末のお金のない時でもしっかり、九十錠入りのモノをちゃんと買うようになったが、それでもまだ時々そういう割高だけど、とにかく出費が小さい方を買おうとしてしまう。

 

裕福でまとめ買いに慣れた人から見れば、「何でそんな当たり前のことができないのだ」と言われそうなのだが、貧乏人というのはそうしてなかなかそういう大局的な見地から、モノを見ることができないのである。

 

余裕がないからこそ割安なものを買うべきなのに、何が自分にとって必需品で、何が不必要だかわからないから買いそびれてしまう。

 

そんなふうにして貧乏人はあちこちでどんどん損をする。

 

貧乏人にとってまず必要なのは、だからそういうちょっとした勇気なのかも知れない。

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