お金のありがたみ、健康のありがたみ
さてその当時、ボクはとある映画館で、オールナイト番の手伝いをしていた。キップを売ったりキップをもぎったり、館内に散らかった空きカンや空きビンを集めたり、人手不足のおりには映写技師の替わりをしたり…そんな感じの、夜中じゅう起きている事以外はかなり楽なアルバイトであった。
だがそこでもボクは、アマノ君のように風邪ぐらいですぐにバイトを休み、寝込んでしまうヤツに出会った。
「カナタ君、今日は風邪で休みだって!」と映画館の支配人が言うので「ふーん」と思い、そしてそれが本当なのか次の週、彼に尋ねたところ、驚いた事に彼もアマノ君のように「だって風邪は万病の元って言いますやん?」
とサラリと答えたのだった。
「そらまぁそうは言うけどなぁー」
その時ボクは、釈然としない面持ちでそうあいまいに返事したのだが、しかしやはりボクはそんな彼の言葉や行動が信じられなかった。というのもその映画館のバイトは、実はかなり実入りのいいバイトだったからだ。
夜十時に入り、翌朝五時まで映画館の店番をして当時のお金で八千円! 八〇年代の八千円だから、とんでもないゼイタクさえしなければ、それで充分一週間はメシを食う事ができたのだ。大学で昼食をとり、晩はクラブの後、『餃子の王将』で軟炸鶏だとかニラレバ定食などを大盛りでしっかり食べて、お釣りまできたのだ。
だから翌日どっと疲れが出るとは言え、一晩八千円は大きかったし貴重だった。ボクなどはその八千円を頼りにして一週間を過ごしていたほどだったのに、その八千円をたかだか風邪ぐらいで放棄してしまうなんて…全く信じられないことだった。
そして「アイツは、お金の有り難みがわかってない!」とボクは心底そう思い、そして根拠のない貧乏人の尺度で、彼を軟弱視した。
だがそれをカナタ君に言うと、彼は
「そんなこと言ったって、身体が動かなくなるんやから、仕方ないやないですか!」
と言って反論した。「無理して働いて、身体壊したらどうするんですか!」。
それでもボクにはやはり、彼の行動が理解できなかった。というのもボクなら風邪を引こうがあばらにヒビが入っていようが、バイトに行くからである。風邪を引いたぐらいで身体が動かなくなるなんてことはない。新聞を配っていた頃と同様に『無理すれば』ちゃんと動く。
アマノ君も風邪を引いたときに同じようなことを言っていたが、そんな彼らの行動を見て
「アイツらは、裕福でメシの心配がいらんから、甘えてるのとちゃうか?」
などとボクは思っていた。
しかし少し冷静になってボクと彼らの様子を見比べてみると、元気で毎日明るく暮らしているのは、実はボクが軟弱視しているアマノ君やカナタ君たちの方なのであった。そして逆に軟弱者でないはずのボクはと言えば、年がら年中風邪をひき、疲れた顔をして毎日這うようにただ生きているだけなのであった。
「何かおかしい…」ボクはある時ふと、そういう自分の考え方が、どうも間違っているんじゃないかと思い始めた。そして少なくともボクのやり方や考え方では、彼らのように明るく振る舞ったり、健康になったりできないんじゃないかと思いだした。
健康な彼らが風邪で身体が動かなくなり、そして逆に風邪でも身体を動かせる半病人の自分。ひょっとすると風邪で身体が動かなくなるのが健康な人間の普通の反応で、おかしいのは自分の方なんじゃないのか?
自分は風邪をひいても今まで無理に身体を動かしバイトに行ったり授業に出たりしていたが、そんな事はしてはいけないんじゃないのか?
そんな疑問を持ちだした。
そしてその疑問は、ボクがある二冊の本と出会うことによって疑問から確信へと変わっていった。その二冊とは、丸元淑生さんの『図解・豊かさの栄養学』(新潮文庫)と『食品と生体防御』(村上浩紀/上野川修一・編。講談社サイエンティフィク)であった。
丸元さんの本からボクは毎日の食事の大切さを知り、いかにそれまでの自分の食生活がひどいモノだったかに気づかされた。そして『食品と生体防御』からは免疫の仕組みと低栄養による影響を学び、途上国や子供の頃の低栄養や生活環境が、将来にどれほど影響するのかを知った。
この二冊の本と出会い、触発されて最新栄養学や免疫学の本を読みあさるようになったお陰で、ようやくボクは自分の冒していたとんでもなく大きな過ちに気づくようになった。
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