たかが風邪くらいで寝込んだアマノ君
たかが風邪くらいで寝込んだアマノ君
アマノ君は、普段は徹夜で麻雀しても翌朝はちゃんと起き、一コマ目から授業に出るくらい健康な人だったのだが、時々風邪をひいて何日も寝込んだ。自転車で琵琶湖を一周したときは風邪ではなく日焼けだったが、そのときも彼は一週間ほど寝込み、そして大騒ぎした。
アマノ君が風邪をひいて寝込むと、その情報はすぐにみんなに伝わった。と言うのもそういう時に彼は、決まってボクら友人みんなのところに電話してきて、今にも死にそうな情け無い声で、薬や食料の買い出しやその他諸々の雑用を頼んできたからである。
「あのさぁー、すまないけどミチモトー、風邪薬買って来てくんないかなー。オレさー、風邪ひいちゃってさぁー、寝込んじゃってるんだよー。パンと牛乳とペプシとー、あーそれからどっかで氷買えないかなー。頭冷やしたいんだけどー、冷蔵庫の氷全部なくなっちゃったんだー、酒屋さんかどっかで氷、買ってきてよー、頼むよぉー」
とそんな調子で、彼はいつもボクらに用事を頼んできたのだ。
もちろん彼は、人里離れた山奥に一人ポツンと住んでたわけではない。銀閣寺道の交差点をちょっと下がったところにあるワンルームマンションに住んでいて、すぐ隣はコンビニエンスストアだったりしたのだ。薬局だって近くにあったし、医者だってたくさんあった。だからボクが彼のような状態だったら、熱があろうが頭痛があろうが這ってでも自分で買い出しに出るところだが、しかしどういう訳だか彼はそうやって友人たちに電話をしまくり、何やかやと用事を頼んで雑用を済ませていた。
なぜ彼がそういう事をするのか、当時のボクには全く理解できなかったが、ボクは彼の部屋から歩いて五分とかからない場所に住んでいたし、毎日のように互いの部屋を行き来していたから、特に何を意識するでもなく、いつも「すぐ行く!」と言って気安く用事を請負っていた。
だが少し離れた場所に下宿していたシンガイ君などは、さすがにそれが面倒だとみえて
「オマエなぁー、いちいち風邪ぐらいでオレを呼び出すよなー、ほんとにもー」
などとよく、愛知なまりのアクセントでブツブツ文句を言っていた。
アマノ君はそんな時、ベッドの中から片目だけわずかに開けて、
「だってホントにカラダが動かないんだよぉー! 熱だって三十八度くらい出ちゃったしー、今度麻雀するときシンガイに役満振り込んでやるからさぁー、頼むよぉ!」
と申し訳なさそうに言ったりしたが、シンガイ君は決まり文句のように
「麻雀なんて、実力で勝つわいっ!」
と言い、そしていつも「ほんとにもー」と怒りながら、笑ったものだった。
「しかし風邪ぐらいでそこまでするか? えらいオーバーなヤツやっちゃなー」
とボクは一度アマノ君に向かって言ったことがあったが、その時彼は平然として
「だって風邪は万病の元って言うじゃない? だから一生懸命、治してるんだよ」
と言った。だがそんな彼を見て、ボクは「世の中には変わった事をするヤツもおるんやなぁ」と思っただけだった。